Rainy |
仕事を終えて事務所を出ると、ぽつりぽつりと冷たい雨が歩道を濡らしていた。街灯を反射してきらきらと光る。 静雄は小さく舌打ちをすると、服が濡れるのも構わず歩き出した。そういえば、朝の天気予報で言っていたような気がする。 町にはカラフルな傘が溢れていた。皆あらかじめ用意していたのだろう。 静雄はその間を濡れながら歩く。雨脚はだんだん強くなる一方だ。 「しーずーちゃん」 後ろから人を小馬鹿にしたような声が聞こえて、静雄はこめかみに青すじを浮かべた。 ああ、うぜぇ。振り返ることすら億劫だ。 ただでさえ雨でいらついているのに、今日は本当についていない。 そんなことを思いながらゆっくり振り返ると、そこには真っ黒な傘を差した真っ黒な男がいた。 「天気予報見なかったの?夕方から大雨って言ってたのに」 臨也は、自分の持っていた傘に静雄を入れた。 大人の男2人が傘に入ると中々窮屈で、臨也の顔がすぐ近くにあった。 静雄は眉をひそめ、傘から出ようとする。 「ちょっとシズちゃん、濡れちゃうよ」 「手前の傘に入るくらいなら濡れたほうがマシだ」 静雄は臨也に背を向けて歩きだそうとする。臨也はその腕を強く掴んで、ぐいと引き寄せる。 「さすがのシズちゃんでも、こんな寒い中濡れて帰ったら風邪引くから」 臨也は呆れたように言う。けれど、その赤い瞳はどこか真剣で、静雄はその手を振り払うことが出来なかった。 静雄は渋々、臨也の隣に並んだ。ああ、これ、相合い傘だ。 「恥ずかしいの?」 臨也は覗き込むように聞いてくる。図星だった。 「…手前は恥ずかしくねぇのか」 「全然。だって、誰も俺達のことなんて見てないよ」 確かに、臨也の言う通りだった。 普段であれば、この2人が揃った時点で人々は避難し、こんな風に雑踏で溢れていないだろう。カラフルな傘たちは、2人の真横をすり抜ける。 「だから気にしないで。ほら、行こう」 そう言って臨也は、静雄の手を取って歩き出した。一瞬驚いて振りほどこうとしたが、さらに強く握られるだけだった。静雄は諦めて、臨也の好きにさせることにした。 雨脚はさらに強くなった。まさに土砂降りと言えるほどに、分厚い雲から大粒の雨が落とされる。 それはざあざあと音を立て、傘の外の世界を遮断しているようだった。 狭い傘の中、臨也と2人きり。 繋がれた手だけが暖かくて、なんだか妙な気分になった。 おしゃべりな臨也は、あれきり黙ったままだ。黒々とした地面を睨みながら黙々と歩いている。 ――…こいつのあんな顔を見るのは、初めてだった。 あんな嫌みのない顔で、ただ俺の体を心配する、真っ直ぐな眼差し。 だからこの手を振りほどけなかった。いつもの力を出せば、易々と振りほどくことができたはずなのに。 今更、こんな優しさは、温もりは、ずるい。 普段見せない表情も態度も、今は脳内を引っ掻き回す原因でしかない。 いつものように憎み合えたら、この執着心や疼く心は殺意だと決めつけることが出来たのに。 「シズちゃん、」 ふいに名前を呼ばれ、はっとして顔を上げる。気がつけばマンションの前まで来ていたらしい。 真横にいる臨也は、少し背の高い静雄を見上げている。 「シズちゃんがずぶ濡れにならなくてよかったよ」 「……」 「はは、可笑しいね。殺したい相手の体調を気にするなんて」 臨也は、たいして可笑しくなさそうに乾いた笑いを零した。それは静雄の胸にちくりと刺さる。 傘の中、寒くて暗い2人だけの世界で、流れる時間は一秒一秒が酷くゆっくりに感じられた。 右肩だけが少し暖かくて、臨也の香水の匂いがする。雨によって少し湿り気を帯びていて、鼻先にじとりと纏わり付いて、離れない。 今はまだ、もう少しだけ。 このままでいたいと思った。 ぎゅう、と繋がれた手と手は、どちらも離れようとしない。 2人だけの小さな世界の中で、お互いの体温を確かめ合っていた。 矛盾だらけの想いがつながるのは、もう少し先のお話。 ** 一応両想いな感じです。 お互い好きなんだけど、それを認めたくないみたいな! もどかしい 笑 |