――三郎目線――



何故つれ回してしまったのか、彼女を離してから後悔した。きっと俺は怒っていた。人間に対し悪意がないと思い込んでいるあの人に。だからその身を以て解らせてやろうと手を引いたのかも知れない。間違いだったとはっきりわかる。巻き込ませたのも同罪だ、先生方のあの水面下の動きを無下にするような真似を、何故俺は。


「三郎、いったい何をしてたんだ」


静かに雷蔵が口を開いた。視線はハルさんの部屋の戸から離さないまま、しかし集中はこちらに向いている。空気がぴりりと靡く。


「……あの女の部屋まで行った。ハルさんを連れて」
「それで? また懲りずにあの人は」
「ああ。恐らく、は組は全滅だろうな」


上級生だって愚かではないから、文川アキという女が六年生から順繰りに袖を引いている件については把握していた。尤も、知っておきながらそれでもあの女の部屋に忍び込む莫迦もいる。それが、まったく関わりないハルさんに火の粉を振り掛けているのに気づいているのだろうか。
少しずつ俺と雷蔵の部屋へ歩き進めながら、淡々と言葉を溢す。


「先生方は日に日に警戒を強めている。ただ生徒の中には、文川アキを天女だとか言っている者もいるらしい」
「それはあれだろう? 確かにあの人は美しい顔立ちをしているし、この前にあった、」
「どこかの城の間諜の事かしら」
「「!?」」


いつの間に後ろにいたのか、話の当事者が廊下の真ん中に立っていた。気配を一切感じなくて、刹那寒気がした。先程まで誰かと肌を重ねていたはずの文川アキは、月明かりに淡く照らされそれはそれは美しく、また清澄していた。恐いくらいだった。





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