……これ、文川さんの喘ぎ声? だよね? やっぱり“そういうこと”をする時は、そんな風に声が出てしまうものなんだな。 なんて冷静を装うとしても、だらだらと背中に汗が流れていくのがわかった。三郎、なんでこんなところに連れてきたの。わたし、嫌だ、こういうのと遭遇するの。 ……友達に、なれるかもしれない人のだったら、尚更。
「――ッ、口を閉じて、静かに」 「! は、はい」
真剣な顔をして文川さんの部屋の側に立ち止まっていた三郎は、何かを察知したのか、拘束していたわたしの手首を引っ張ると、廊下の曲がり角にするり入り込み、そのまま壁際にわたしを挟めて息を殺した。壁と三郎に挟まれたわたしは、何か異常な事態なんだと理解し、気付いたら自分の口を自分の両手で押さえていた。呼吸さえ気付かれてはいけない気がした。何かがとても怖かった。
片隅で誰かが会話をしているようだったけど、ちゃんと聞き取れない。彼の胸元辺りに固定していた視線をちらりと上げると、三郎はすごく険しい顔をして目を閉じていた。集中して会話を聴いてるんだなと、なんとなくわかった。 どのくらいそうしていたのか。あまりに静かすぎて、三郎の鼓動が微かに聞き取れるようになっていた。というか、落ち着いて見てみると三郎とわたし、めちゃくちゃ近いじゃないか……! だから寒くなかったのか、三郎、外気からわたしを守るように壁に手を着いているもんね。
「もう喋っていいですよ」 「あ、三郎、」 「なんです」 「ありがとう、ね」
意外に背が高い三郎を見上げて、お礼を言った。彼は理由がわからなくて言葉に困ったのか固まったので、寒さを凌いでくれて、と付け足したら、造作無い事ですよ、目も見ずに言われてしまった。
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