「さぶ……」
ろう、と名前を呼ぶ前には既に、腕を掴んでいた五年が視界から消えていた。一瞬風がなびいた。気付けば三郎が薙ぎ倒していたらしい、足下に伸びている三人組。
「あ、三郎、ありがとう」 「いえ……」
自分の右手を左肩に置いて俯いている三郎は、言葉少なだった。怒っているのだろう、表情が暗い。 わたしが何も言えずにいると彼は、愚かな同級で本当に申し訳ないと謝ってきた。
「いやいや! わたしは大丈夫だよ! ちょっと吃驚しただけで」 「――その明るさ前向きさは貴女の美点ではあるが、時に仇になる場合もあるんですよ」 「え……」 「だから!」
大声を出されて思わず身体がびくついた。三郎はしまった、という顔をして、すみませんと小声で謝ったあと、場所を変えましょうとわたしの手を引いた。
些か彼の足取りは早く、三郎のライオンを思い出させる後ろ髪に視線を合わせながら、引っ張られるがまま廊下を行き進む。確かここは、五年は組の長屋だったかな? 面識ないんで合ってるかわからないけど。
「……っあ、は、」 「あ、んっ」 「!!?」
現代女子高生の私だが、そういったアダルトな事とは無縁の平平凡凡な生活を送っていたので、三郎がその「声」のする部屋を少し過ぎたところで立ち止まるまで、何を意図していたかわからなかった。
その部屋は、文川さんに当てられた部屋だった。
「ああああの、さぶっ三郎、」 「……」 「こっこういう、立ち聞きみたいなことは、やめた方がいいと……」
わたしの手首を掴んだままの三郎は、その瞬間も微かに漏れてくる行為中の声に慣れず、ビクビクしている事に気付いただろうか? どうして何もいわないの。
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