――勘右衛門視点――



ふらふらーっと、いつもの如く廊下を歩いていた。雷蔵のところに行って、なにか良さそうな本でも貸してもらおうかとか考えながら。


(……あれって、)


あまりに天気が良かったから口笛でも吹いてやろうかと思った先、上級生の特等席である大岩に見慣れぬ女と加藤団蔵がいた。
女は団蔵の頬を手で撫でながらなにか話している様子で、その団蔵は、一丁前に顔を赤くして明らかに意識していた。なんとも微笑ましいねと思いつつ、しかし確かに、女のその横向きの顔は美しかった。


(っ、やべ、)


何かを耳打ちされていた団蔵がすくっと立ち上がり、恐らく庭に駆けていった。俺はいつもの癖で隠れてしまったが、女は目敏く気付いていたようだ。


「どなたでしたか」
「あー、っと、尾浜勘右衛門です。五年の」
「尾浜くん。そう、五年生」


よろしくね。
挑発するように口角を上げてそう言った女は髪を耳にかけると、こんなお伽噺を知らない? と続けた。ハルさんとは違う、まるで遊女のようなその雰囲気。まあでもたまには、そんな空気に引っ掛かってみるのもいいかな、なんて。ただ悪戯半分で相手してやるかと近寄ってみた。


「なんでしょう」
「あのね、」


水が静かに吸収されるような、ぽつりぽつり染み付くように女は耳元で溢した。


「……へーぇ」
「あら、あまり驚かないのね」


上級生のあなたなら、意味はわかると思ったのだけど。女はちょっと笑った。
俺は今まさに聴いた、この学園が炎に包まれ焼け落ちるなどというオトギバナシはまるで信じないね。


「この学園は一枚岩だよ。おねーさん」
「ふうん? なら、安心ね」


本当なら、安心ね。
飴玉をゆっくり転がすように甘く呟いた彼女は、またね、こちらも見ずに長屋に消えた。きれいに揺れる後ろ髪を眺めながら、ちいさな胸騒ぎを感じる。





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