結局、文川さんとはそれきり何も話さず、無言のまま目的の場所についた。 山本先生はくのいち教室で、ユキちゃんらと談笑されていた。わたしに気付くと、はいはいとあの人のよい笑みを浮かべて近付いてくる。後ろでそうこちゃんとトモミちゃんが手を振ってくれていたので、わたしもひらひらと手を振り返した。そういえば最近あまりくのいちとは話してないや、今度また顔を出そう。
「山本先生。お忙しい中、すみません」 「いえいえ大丈夫ですよ。あなたが文川さんね?」 「は、い。どうして、」 「ふふ、内緒です」
人の良さそうな笑みを浮かべてフフフと笑った先生は、既に用意してあったらしい装束やら手拭いやらが詰まった風呂敷を彼女に差し出した。山本先生の情報の早さにはいつも驚いてしまう、もしかしたらこの人は神様なんじゃないのかってくらい、すべてお見通し。文川さんもすごく驚いていたようだった。
「ありがとうございます、使わせて頂きます」 「なにか困ったことがあったら遠慮なく言ってね」 「はい。お世話になります」
ぺこ、と頭を下げた文川さんは、その他には何も話そうとはせず一刻も早く立ち去りたい様子にみえた。人見知りなのかもしれない。 わたしは、わたしの前を少し足早に進む綺麗な人のあとを追った。ユキちゃんたちにバイバイするのも忘れずに。
「あ、あの文川さん、」 「なんですか」 「もし、よかったら、わたしと同じ部屋で一緒に、」 「結構です」 「っ、」
バタン、と扉が閉まる音が聞こえたような気がした。それは、彼女の心の扉なんだろう。声音でわかった、わたしはこの人に何故かは知らないがきっと、いや確実に、嫌われている。
「すみません、馴れ馴れしかったですね……」 「いえ。すみませんが、少し一人にしてもらえませんか」 誰の顔も見たくないので。
そう前を見たまま文川さんは呟いた。何かに腹を立てているような、怯えているような、それでいて寂しげな声だと思った。彼女がそのまま裏庭に去っていくのを、わたしは黙って見ていた。
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