――食満視点――
そのまま逃げ出してくれた方がきっと諦めがついた。恋慕ではない。人間として、三禁として諦めがついたのに。 なんで追いかけてくるんだよ、馬鹿野郎。
「うおっ、ちょっ!」 「静かに。みんな起きちまうだろ」 「いや歩ける歩けるから!」
じたばた暴れるハルを、梯子を持つみたいに担ぎ上げる。土に塗れて、ちらほら薄い傷がついてしまった白い足。ほんと馬鹿だよ、放っておけばいいのに。 そんなんだから、少し手を伸ばしたら自分の事なんて考えないで必死で掴んでくれようとするからお前は、俺や他の、忍という名前の陰の人間に好かれる羽目になるんだよ。孤独と隣り合わせの、哀れな人間に。
「……ハルはもう風呂入ったのか?」 「さっきね、入ったよ」 「そうか」
黙って担がれている彼女は降参したのか、大人しく俺の肩に手を置いている。なだらかな腰と尻の線が顔の横にあって、しょうもないがちょっとゾクッとした。小平太だったら、血と死を見たあとの本能だとか何とか言って押し倒してたかもしれねえなあ。いやまあ俺も抱きしめたから大差ないか。
「でも俺のせいで汚れちまったろ。風呂入るか? 一緒に」 「おう……って、え!? いや何言ってんの入らないからね!?」 「冗談だよ。ハル、あんたやっぱりすげえわ」
無償に笑いたいような、それでいて泣き喚きたいような、そんな変な気持ちになった。 もし、もしもこいつと夫婦になれたなら、きっと幸せなんだろうな。人ではない人になるだろう俺を受け止めてくれるその甘さがひどく恋しい。悲しい程。
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