彼女の名前を呼びかけて、ぐっと飲み込む。
ハルさんは彼女の前方からやってきた土井先生に、何故か、いきなり抱き着いたのだった。


「土井先生っ!」
「えっちょっハル!?」
「土井先生、お会いしたかった……」


視力が良い自分を呪いたくなった。ハルさんは土井先生に抱き着いたまま、自分の両腕を彼の首に回して見上げている。土井先生は全く意味がわからない、というように非常に混乱しているようであったが、突然とはいえ女性に抱き着かれているからか(しかもかなり密着して!)仄かに照れているようだった。


「……なんなんだ……」
「……」
「うわっ七松先輩!?」


恐らく塹壕を掘っていて外にたどり着いたのだろう、土ぼこりに塗れた七松先輩が苦無片手に土井先生とハルさんを凝視している。七松先輩、と呼んでも無言のままなのが更に言い知れぬ怖さを醸しだしている。


「……雷蔵、」
「、はい」
「土井先生とハルは、恋仲だったのか?」


落ち着いた声で尋ねられたその質問に僕はただ、わかりませんとしか答えられなかった。本心は、完璧に否定していた。あの二人がそんなはずはないと。
だってもしそうなら、僕は土井先生に敵うわけがないじゃないか。


「そうか」


一言だけそう言うと、先輩はシュッとその場から消えた。風が長屋の方に一瞬吹いたから、きっと六年生の長屋に戻られたのだろう。


「……僕も戻ろう」


空はとても晴れていたけど、足どりはひどく重たく、気分が落ちて仕様がなかった。




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