大きく息を吐き出した。
その瞬間 吐息が白く現れて消えてゆく。
「、ナト・・・」
この銀色世界に同化して消えてしまいそうな彼の背中を今やっと私は見つけ出せたのだ。嬉しさが込み上げるものの、それよりも大きな不安が一気に押し寄せて襲いかかってくるものだから、私から放たれた言葉は若干震えていた。
「僕の居場所 分かったんや」
振り返らずにナトはぽつり、とまるで独り言を口にしたように呟いた。だが、私がナトの声を聞き逃すことなんて無くてはっきりと私の耳へと届く。"彼の居場所" こういう言い方をすれば気味が悪いかもしれないが私はずっと彼を ナトを見てきたのだから 分からない訳が無い。何でも分かる訳じゃないけれど
「だって、ナト ここが一番好きって自分で言ってたじゃない」
一面 真っ白なこの世界の空気は澄んでいる為、まるで宝石箱を散りばめたような夜空で ここから見る月はいつも寂しそうに光を放っている。この世界が好きだ、と私に教えてくれたのは紛れもない目の前にいる人だった。そんな貴重なこと忘れるはずがなくって、今も深く私の心へと色濃く残る思い出の一部なのだ。大切な記憶なんだ。
「慣れへんのに、こんな所まで来て」
「だって、」
未だにこちらに振り返りもしない彼の背中をただ眺めて言葉を詰まらせた。私の言葉の先を待っているのだろうか?ナトは何も言ってこない。けれども この言葉の先はどうにも言えそうにない、喉に詰まったままで出てきそうにないのだ。
逢いたくてここまで来ました、なんて言えなかった。
「ナト、」
言えないから、せめて だなんて思いながら愛しい人の名前を呼ぶ。どうにもならないこの様々な感情達が私の中で暴れて出て行きたがって、でもそれを止めて。必死に笑みを浮かべてみせた。じゃないと泣いてしまいそうだったから、精一杯 涙を呑んでみせて 精一杯 笑ってみせて。こっちなんて振り向いてもくれていないのに。
「ベル、」
「、どうしたの?」
「ごめんな」
「・・・急にどうしたのよ、 吃驚するでしょう?」
何に対する謝りなのか、私には分からないけれど ものすごく泣きたくなった。謝るだなんてずるいのに 振り返ったナトは何時ものへらりとした笑みを浮かべたから更にずるかった。彼の心中が私には一つも分からなかった。宙を掴むような虚しさに目元が熱くなる。
「、ナトは 酷いや・・・」
堪えていた筈のものが次々と溢れて私の頬を伝って落ちてゆく。なんで、謝るの?なんてずるい人なんだろう。酷い人なんだろう。声が出なくって 心の中で叫んでみせた。当たり前だけど彼には届かない。
「泣いてる」
「目にゴミが入っただけ」
「強がり やなァ」
私の無茶のある言い訳にナトは笑う。それを見て内心で素敵だな、なんて思ってしまう私は末期なんだ。抜け出したくても抜け出せない彼の罠へとまんまとはまってしまった馬鹿な奴なんだ。後悔なんて山ほどある。好きになんてならなければ良かったとずっと思っているし、それはこれからも変わらない。この恋にハッピーエンドなんてものは存在しないことは明白だけど
「僕のために もっと 泣いて」
私と彼の曖昧な世界でも綺麗なんだ。