"バケモノ"彼の世界はその言葉で埋もれ返っていた。もう聞き飽きたと耳を塞ごうが聴こえ続けるその言葉。彼の始まりの言葉であり、終わりの言葉でもある。それまでもこれからも。逸そ耳なんてもぎ取ってしまえば、なんて馬鹿らしい考えも今の彼の頭の片隅で少しずつだが膨れていた。

抑える片目、痛い訳でも痒い訳でもない。
只、誰にも視られなくなくて誰も視たくないだけなのだ。引っ張った前髪の白髪で幼いながらに彼は片目を隠そうと必死だ。もう前髪が引き抜かれてしまいそうなほどに伸ばして片目の前へと集中させる。たが、髪なんて動けばさらさらと散らばり、片目なんてあっという間に視えて、そして視てしまう。なんとかならないものか、考えを巡らした瞬間に彼はぴたりと足を止めた。

そして、先程まで無表情だったその顔は何処に行ったのやら。歳相応の表情へと一変し早足に向かった先は綺麗にされた一室、ベットの上には黒髪の色白の少女が座っていた。

「座ってて、大丈夫なん?」
「今日は調子が良いんだよ」

ほら、と調子の良さを表したように少女は元気だと身体で表現する。その様子に少年はほんまやね、と一言口にした。その言葉に頷く少女もまた笑みを浮かべる。こんな風に笑い合えたのは一体何時振りなのだろうか、最近は少女の体調が優れずずっと病室に入ることが出来なかったのだ。久し振りの対面、会話は言わずとも弾んだ。

「ねえ、ナト。私、外に出るって決めたの」
「それって、」

「手術、受けようと思うんだ」

にこりと笑った少女とは逆に少年は表情を強張らせた。手術は前々から案が出ていたものであって、全てが成功すれば少女は此処から確実に解放されることが約束された。前にもナトは少女と此処を出たら何をするか、何を食べるかなどそんな話で盛り上がったことがあったのだ。たが、その手術の難易度は高く成功率は圧倒的に低いもので少女の身内も医師も悩みに悩んだ末、決断は少女に委ねられた。

「なんで、今になって」

だが、手術の話は結構前に出されたものであり少女は手術を諦めたとばかりナトは思っていた。確かに手術を受け仮に成功したとして此れまでに嬉しいことはない。少女と色々な場所へ行けるのなら、色々なものが見れるのならば。だが、確率の低いものに賭けようなんて自分ならまだしも、少女だ。少女が居なくなることなんて考えたくはなかった。

「確率は低いこと分かってるの」

「……」

「だから、」

少女の言葉はそこで途切れた。その変わりに少女はベットから身を乗りだして右手をそっとナトの左頬へ置いた。悲しげに笑う少女がナトのその青い目に映る、何故こんなに少女は悲しげに笑うのか。不安げにではなく、悲しげに。ナトが思うに少女のその黒い瞳から希望は何一つ感じられなかった。


「ナトは視えるんでしょう?」

ぽつりと少女から発せられた言葉はナトの中に重く乗る。まるでトンカチで頭を殴られたような、そんな感覚に陥る。何故、少女が"そんなこと"知っているのか。少女は確かに口にした"視えるんでしょう?"その言葉の意味を即座に理解できた。その出来事に驚きで声も十分に出ない。

「ナト、わたしは」

「聞かんといて」

「え?」

「僕は視たくない」

目をゆっくり掌で覆いながら、ぽつりと口を開いた。少女にとって掴み所も弱みも全く見えなかったナト、子供であって子供にはまるで見えなくて時に困惑したこともあった筈だと言うのに、今の彼は弱みそのもので、とても小さく見えたのだ。触れてしまえば今にも
壊れてしまいそうな、脆い小さな彼。

その小さな背中に一体どんな大きなものを背負っているのか少女には解らない。

否、解らなかった。

「ナト、」

「ぼくは、"バケモノ"やから」

覆っていた掌を退かせ、ナトの髪の隙間から覗く青い片目は細められる。少女は何も言えない。何も聞けない。

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