△charm(2)-覇淮


「おーい…?郭淮?」
「あっ……い、いえ、何でも……」
 瞬きを忘れたように一点を見詰める郭淮の目の前でひらひらと翳した手を振れば彼はハッとした様子で我に返り、そして今にも泣き出しそうなぎこちない笑顔で「なんでもありません」と呟いた。
「そう…ですね、仕方ありません。今回だけは不本意ながら貴方の要求を呑むことにしましょうか」
「不本意は余計!…っていうか郭淮、ちゃんと休めよな、お願いだから」

 寝台に浅く腰掛けた郭淮の前髪を掬い上げ、額に軽い水音をたてて口唇を押しあてた。この位の接吻は許してくれるだろう?
 本当はこのまま抱いてしまいたかったけれども、ここ最近戦の後処理で特に忙しかったせいか目に見えて疲労が蓄積している身体にこれ以上の無理を強いる事は出来なかった。
 先程抱き上げた時の身体の軽さに内心ぎょっとさせられたのだ。同じ床で休めるだけでも幸せだと思い涙をのんで我慢することにしよう。…とりあえず今日の所は。
「ええ、今夜はお休みを頂いて、続きは明日…必ず」
「いいじゃん明日でもそん次でも。なんなら俺が手伝ってやるからさ」
「……いえ、それは余計な手間が増えるだけなので結構です」

 可愛くねぇ、そう続けようと思った言葉は、覗き込んだ郭淮の瞳がゆるりと閉じ、そのまま吊り上げていた糸が切れたようにコトンと眠りに落ちてしまった事で呑み込まざるをえなかった。
 余程無理していたのだろう、薄い口唇から規則正しい寝息が聞こえてくる。俺はそれをやれやれと見下ろしながら、自分の口元に浮かぶ笑みを消す事ができなかった。

「明日、またな。郭淮」 








―――――――――

『ささ!仕舞だ仕舞、郭淮よぉ、途中なのは分かってっけど今日はもう休んどけ。な?』
『しかし将軍、今宵中に終わらせると決めた分がいま少しだけ…』
『なぁ〜に、まぁ聞け、こいつはな、まじないみたいなもんだ。いいか郭淮、今夜出来る分を明日にわざと持ち越す、そうすりゃ責任感の強〜いお前は明日も床に臥す事無く俺様の傍でこの続きを終わらせる。…だよな?』
 取り上げられた書簡、そして肩に置かれた大きくて温かい懐かしい掌の感触。
『……確かに、仰る通り。わたくしは職務を遣り遂げないうちにあの世へはいけません』
『俺様がこれを預かってるうちは易々と逝けねぇってことか、ははっ、そりゃいい』 
『…… ……・・・・』




いのちを繋ぐおまじないは いまもこの身をあなたのいない世界に縛り付けたまま
ほどけない

fin


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