対面座位(ヲルヘン)1/4


1・昼間、散々この男に邪魔されながら連れ添って出掛けた買出しの帰りに、鄙びた映画館で今流行りの恋愛映画とやらを観たから。
2・夕食に山ほどのガーリックを使った料理を腹いっぱいに詰め込んだから。
3・そして、今夜は恐ろしい程に大きな満月が深淵の闇を湛えた窓の外にぽっかりと浮かんでいるから。

―――そんな下らない理由でいちいち身体を求められてたまるか。


 
   Love is …



「全米が泣いたとかいう謳い文句だったけれども君は例外だったみたいだね。始まって5分で涎まみれになって私の肩に寄りかかってきただろ。…おかげで私は全然内容に集中できなかったよ」
「そうかい、それなら尚更大蒜臭い息は御免だろうから今日はやめておこう」
「月?月が何だっていうんだいウォルター…光が気になるのならばカーテンを引けばいい。ほら、これで暗くなったよ、さあ寝よう。明日も私は早いんだ。」

 全ての誘いを無感情に素っ気無くかわし、自分の目の前十数センチの距離。不満げにシーツの上でちょこんと正座をしているウォルターの頭のてっぺんから、バサリと勢い良く掛け布団をかぶせてやる。
 ついでに幼かった頃の自分が母にされていた記憶を手繰り寄せて、ポンポン…と布団で梱包された彫像の背を叩き、この辺りが額かと思われる部分に軽く口唇を押し当ててやった。完璧だ。
 …いや、普通、これでぐずる幼子でも大人しく眠りについてくれるものなのだろうが、残念ながらこの図体ばかりが大人な駄々っ子にはあまり効果はなかったようだ。
「……どうせならおでこじゃなくて口にしてくれないか、ヘンリー」
 相変わらずちょこんと正座をしたまま。
 頭から布団を被った幽霊もどきが己を探して目の前の虚空にふらふらと両手を彷徨わせている。
 生憎だが先程額にキスをした後すぐにバックステップを踏んで身を引いたのだから、今更座ったままの行動可能範囲で腕を振りまわされても届くわけが無い。
 彼と距離をとりながら、その滑稽な仕草に小さく笑みを浮かべた。

「口はお断りだよウォルター。さっき自分で大蒜臭いって言ってたじゃないか。忘れたのかい?」
 大蒜で身体が火照るなら外に出てフルマラソンでもしてくればいい。
 丁度良い満月が、誰もいない夜道を照らしてくれているではないか、何なら100キロでも200キロでも気が済むまで街中走ってくればいい。
 セックスなんかよりも余程健康的に、大量の汗がかける。そう嫌味たっぷりの声で言ってやれば、己の寝具の上に鎮座する元殺人鬼を内包した布団ゴーストは不貞腐れたように溜息を吐いた。

「本当に明日早いんだよ…、悪いが今夜は誘いには乗れない」
 このまま不毛な押し問答を続けても仕方がない。強制的に明かりを消して寝かし付けてやろうと壁のスイッチに手を伸ばしかけた私の視界の端に、布団の下でがくりと項垂れるウォルターの姿が映った。
「一体何を怒ってるんだ、私が何かしたなら謝るぞ、許してくれヘンリー」
 見当違いの懺悔と、布団に遮られくぐもった彼の声の弱々しさに片眉をあげてやれやれと肩を落とす。
 そのまま無視して電気を消してやれば、恐らくこれ以上の問答を諦めて眠りに落ちてくれるだろう。ここのところ睡眠時間が足りているとはとてもじゃないが言い難いのだから。
 私が夜仕事をしていると「ヘンリーが終わるまで待っている」と言い張って強情な彼は決して先に寝てくれようとはしないからだ。
 欠伸を噛み殺しながら私に淹れたてのコーヒーを給仕してくれる甲斐甲斐しさは有難かったが、やはり申し訳ない気持ちが先にたってしまう。
 本当ならばこのまま話を打ち切って寝かせてやるのが彼に対しての一番の優しさなのかもしれない。
 が、しかし、聞こえるか聞こえないか、蚊がなくような声で続けられた言葉にこのまま無視するわけにもいかなくなってしまった。
「ヘンリーは私のことが嫌いになってしまったのか……?」

「勘違いしないでくれ、私は別に怒っているわけじゃないよ」
 今にも啜り泣きをはじめそうなウォルターに少々強めの口調で言い放つ。少し冷たくしたぐらいで、自分の彼への感情を疑われたことに僅かな腹立ちも込めながら。
 おそる、おそるといった様子で頭に被せられた布団からまずは少し傷んだ金色の髪を覗かせ、巣穴から顔を覗かせるミーアキャットのように上目遣いでこちらを窺い見てくる。
…勿論身体のサイズはそんなに可愛らしいものではないが。そんな彼にムッと、出来るだけ厳しい表情を向ければ、猫をみつけた鼠のようにヒャッと奇妙な声をあげて再び布団にもぐりこんでしまった。
 …それ程怖い顔をしていたつもりはないのだが、失礼な奴だな。
「怒っている!思い切り怒っているじゃないか!」
「怒ってない」
 雷に怯える幼子のように大きな身体を縮めて丸まってしまったウォルターの傍らに腰を下ろし、そっと背に手を触れると彼はビクリと大きく肩を震わせた。

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