騎乗位(ヲルヘン)1/5


 大概の場合、新商品がリリースされ市場に行き渡りはじめると、あちらこちらからその商品に関する根も葉もない噂や、誤情報、検証する事も馬鹿馬鹿しくなるようなデマがこぞって押し寄せ、情報の海にも大時化がやってくる。
 偽りの情報が大きな波を起こしても大抵直ぐ様真偽を確かめられ、凪に戻されていくのだが極稀にデマをそのまま鵜呑みにしてしまう類の人間もあらわれる。
 その情報が魅力的であればあるほど、偽りの輝きに一時的に目が眩んで「そんな上手い話しがあるわけはない」という当然のようにあやしむべき点を忘れてしまう……なんとも愚かなことだ。
 おそらくそういう人間は今までに悪意を持って人に騙された事が無い純粋無垢なタイプか、騙されるのが2度目3度目となれば学習能力のない正真正銘の馬鹿なのだろう。
 未公開株だか先物取引だかの被害者が集団提訴、そんなニュースをリモコンをとりあげテレビの電源を切ることで断ち切り、私はふうと溜息をついた。


「遅い…一体どこで何をしているのだ」
 時計をみあげれば既にヘンリーがこの部屋を出て行ってから1時間が経とうとしている。
 小さいとはいえスーパーマーケットはアパートから徒歩10分のところにあるというのに一体どこまでパンを買いにいってしまったのだろうか私の愛しいヘンリー・タウンゼントは。
 もうひとつふう、と溜息を吐いたところで、玄関のドアを支える蝶番が悲痛な悲鳴をあげてバーンと大きく開け放たれた。
「…?!」
 あまりにも突然のことに目を丸くして部屋の入り口を凝視する。
 強盗か、暴漢か、それとも酔っぱらって部屋を間違えた不届き者か。
 何事かと身構える私の前に、現れたのは帰りを待ち侘びていた最愛の同居人だった。
 しかしいつもとは明らかに様子が違う、軋んだ音をたてるドアの隙間から転がるように彼は飛び込んできて、ゼエハアと息を切らせながらやたらキラキラした目で私の鼻の先に1冊の雑誌をグイッと突き付けてきた。
「見てくれ、ウォルター!」
 この距離で突き付けられれば嫌でも目に入れざるをえない。というか近すぎて見えないぞヘンリー。
 正体不明のペーパーバックを両手で掴み、訝しげな顔でまじまじと眺める私にはお構いなしにヘンリーは嬉々として話をすすめていく。
 その目はまるで夢見る乙女のようで…正直ここまで浮かれる彼をみるのは出逢ってから今日がはじめての事だ。
 一体彼をそこまで喜ばせた記事とはなんなのだ、とざっと本に目を通したところでその正体を知り、肩の力がかっくりと抜けた。

「私にもやはりあったんだ、ウォルター。やはりあったんだよ、そうだよ…おかしいと思っていたんだよ、うん」
 君もおかしいとおもっていただろう?そう可愛らしい顔で同意を求められてうっかり頷いてしまったが、どう見てもおかしいのは今のヘンリーだ。

 問題の雑誌には『サイレントヒル4 極秘情報!隠し武器・日本刀の入手方法を独占取材』でかでかと見出しにかいてあるがよくよくみると、最後の最後に米粒ほどの水色の字で『…か?!』と付け加えてある。
 これでは、ソースは東スポです、というような信憑性の無さ抜群の記事である。浮かれに浮かれているヘンリーは全く気付いていないようだが、あきらかにガセ記事だ。
 大体表紙にファ彡通とかいてあること自体が怪しい、普通に読めない。劣化コピーだらけの粗悪記事を間に受けてしまうなんてそれほどまでに日本刀とやらが欲しかったのか、私の可愛いヘンリー…。

「やはり私だけ手持ち刃物がカッターナイフだけというのは変だと思っていたんだ、文房具じゃないか大体。アイリーンの方が私より余程火力があると何度言われたことか…!」
 手斧があるじゃないかと言いかけたがあれは錆びきっている為どちらかといえば鈍器に分類されるのだろう。
 そういえば暫く前にKUROSAWAの映画を熱心に観ていたな……密かに憧れていたりしたのか、ゲイシャやサムライに。
 兎に角今のヘンリーに、それはデマだとはものすごく言いづらい雰囲気なのは確かだ。パンはどうなったのだろう、遠い目をしながら私は目の前で子供のようにはしゃぐ彼をぼんやりと見つめていた。

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