対面座位(ヲルヘン)2/4


「怯えないで、悪かったよ」
 何も悪戯に怖がらせるつもりだった訳ではない。布団の上から頭だと思われる部分をぎこちなく撫で擦るとしばらくこちらの様子を息を詰めて探った後、ウォルターは不安げに顔をあげてみせた。
 駅前通りを行き交う車の音が夜の静寂にやけに大きく響く、耳が拾える音といえばその位で、あとはただ互いの息遣いだけだ。

「・・・・・・すまない」
 鼻先が触れあうぐらいに近づけられた顔が、途端にしゅん、と叱られた子供のような表情にかわる。訝しげな顔をする己の頬に、節くれだったかたい指先が伸ばされそのまま温かい掌で頬を包み込まれた。
「もう我侭を言ったりしないから、そんな顔しないでくれヘンリー」
 己の眉間にウォルターの人差し指があたり寄った皺を解すように軽く上下になぞられ、そしてゴメンナサイ、と幼子の仕草でペコンと頭を下げられる。
 そのまま「いい子」で布団に潜り込みさっさと先に眠りに落ちようとするウォルターを、二の腕を掴んで無理矢理に引き戻した。

 先程まで理由も分からず「冷たくされていた」とだけ感じていたであろうウォルターは突然の行為に目を丸くしたまま、私の胸元に抵抗もなく抱き込まれ、疑問符でいっぱいの視線をチラリチラリとこちらに向けては首を傾げている。
「ヘンリー?」
 胸に頬をぴたりとつけたままモゴモゴと喋るウォルターの髪を指先で梳き、未だ何故そっけない態度をとられたのか全く分かっていない、鈍い想い人の額を軽く小突いてやった。
「私を抱くのは、どこにでもあるような映画を模倣するためかい?」
「な……なんだ?」
 間の抜けた声で、一体何を言われているのか解りかねるといった調子外れの返事を返すウォルターの耳に構わず口唇を寄せた。
「ガーリックを食べたからだとか、月がどうとか、…下らない理由ばかり次から次へと付けないでくれ」
 素直に、言えばいいのだ。
 それらが、彼なりの照れ隠しだと言うことはよくわかっている。
 自分とて素直に何でも口に出来る性分ではない、むしろウォルター以上に自分の感情を言葉にすることを大の不得手としている人間だ。
 しかし自分がしないことを相手にだけ望むなど傲慢なことはしたくない。
「私は、ウォルターの事が好きだから君に抱かれたいと思うんだよ……?」
 


 漸く、己が何を言いたいのか理解できたのか。
 茹海老のように頬を紅く染めたウォルターの背に両腕を廻してゆるりと引き寄せると、こちらの背にも彼の片腕が廻されそのまま寝台の上に横たえられた。
 壊れものを扱うようなウォルターの触れ方が何だか擽ったい、幾ら彼と比べれば見劣りするとはいえ私だっていい歳をした男なのだ。
 色褪せない蝶を留める針のように、ウォルターの大きな掌が私の両手首を一纏めに掴みそのまま頭上で繋ぎ止められた。
 こちらを瞬きもせずに見つめるウォルターの喉仏が僅かに動き、口唇が薄く開かれる、その様を見上げながら静かに彼の言葉を、待った。

「あの、私は、…その…」
 緊張しているのか頬から耳の先まで其処彼処を紅く染め、しかし瞳を逸らさずにゴニョゴニョと口の中で呟く姿がひどく可愛らしくて。不覚にも頬が緩むのを抑えられない。
 ふ、と緩んだ表情を浮かべる私に気付くと彼は一瞬呆気に取られたような目をした後、とろりと今にも泣き出しそうな笑顔で瞳を細めた。
 こんな仏頂面が少し歪んだぐらいの笑顔が堪らなく好きだといつも己に繰り返し言ってくれるが、こちらにとってはウォルターの笑顔程心地よく心の芯を蕩かすものはないと思っている。
「さっきはすまなかった、私もヘンリーの事を愛おしく思っているからこそ その、……したいんだ」
 優しく細められたウォルターの瞳の縁に口唇を寄せ、色濃く影を落とす睫毛に口付けを落とす。
「ヘンリーが大好きで、好きで好きで好きで堪らない。こんな気持ちは生まれて初めてで、本当にどうしたら良いか分からない位だ」
 額、頬、耳朶を掠めて顎へとお返しのように降りてくる軽い口付けにうっとりと瞳を閉じながら、囁かれるウォルターの甘い声が夜のしじまを揺らしては蜜のように蕩けて消える。
「ここを、触ってみてくれヘンリー」
 優しい触れ合いの中、捕らわれていた片腕をそっとウォルターの左胸に導かれる。
 ぴたりと触れた場所から温もりと共に規則正しい鼓動が伝わり、再び視線を絡ませるとウォルターは穏やかに微笑みながら静かに瞳を閉じて続く言葉を紡ぎ落とした。
「私の全てが、ヘンリーのことが欲しくて堪らないと言っているのが聞こえるだろうか?……心も身体も、全部がお前を求めている」
「…知ってる、ウォルター  ありがとう」
 けしかけたのは私の方だがまさかここまで熱烈な告白をしてくれるとは思わなかった。
 何だか気恥ずかしくなってしまい、ぎゅ、とウォルターの胸板に顔を埋めてしがみつく己の背に回された彼の両腕が祈りを捧げるようにそっと組まれたことまでは、気がつく事は出来なかった。

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