Tower of Babel(2)


 だから、その無表情な仮面を取り払えと傲慢に命ずる主がまさか気付いていない筈があるまい。
 エレベーターの内部に設置されている、監視カメラの存在に。
 …呆れた露出狂だ。


 覆いかぶさるように目の前に立つ男を見上げながら、細い眉を顰める己の口唇の端にも自然と笑みが浮かんだ。
 随分と悪趣味な余興だがそれに付き合う事も悪くはない。
 主の気分転換になるのならば、と、それでもひとつ釘をさしてみる。
「生憎、私は先程の会議で隊長が一枚も目を通して下さらなかった資料を持ち帰るのに両手が塞がっております。この状態では何をして差上げることも…・」
 敢えて事務的に淡々と続ける言葉を、不意に噛みつくような口付けで遮られた。
 視界の端に映る黄金の残像が、背後に見える青い空に鮮やかに映え一瞬だけ時が止まったような錯覚を覚える。
 かき抱くように廻された腕が腰に、後頭部に絡みつき息が止まる程のキスに白旗を掲げ降伏を示すように紅い穢れた血の色を秘めた瞳をとじた。


 己の身体は主への供物、どう貪られようが厭わない。


 顎を捉えられ深まる口付けに、己も限界を迎え両腕に抱えていた書類の束を足元に取り落としそのまま自由になった両腕を主の首に絡ませる。
 エレベーターの床一面に散らばった紙片を踏み付けぬよう注意しながらも口唇から与えられる熱に夢中になり、より深く、強くと強請るように金の髪を掻き乱した。
 忙しなく動き回る主の手が己の胸元をなぞり、肉付きの薄い双丘を撫で上げ、自分もその誘いに応じるように片脚をあげ情人を誘う蝶のように主の脚に絡める…・そこで、戯れのタイムリミットを告げる無機質な電子音が響きエレベーターの戸が音もなく開かれた。


 スウ、と目の前に広がる大理石の床に漸く地上に堕とされたことを知り、誰もいないロビーに一瞬だけ視線を走らせ足元に散らばった書類を拾い集める為腰を屈めた。
 何枚かは上司に踏みにじられてしまったらしくひどい皺がついてしまっていたが内容が読めぬ程のものではない、船に戻った後で打ちなおせば問題はないだろう、と黙々と紙片を揃え再び胸に抱える己を楽しそうな瞳で見下ろす獅子に、失礼しました、と視線で無礼を詫びて
みせた。
 隊長の気まぐれで半日の本部停船にも外出許可が下りず、船に取り残されたままの同僚達は今頃暇を持て余して世迷言を吐いている頃だろうか。
 エレベーターを降り、カツカツと冷たい大理石の床に靴音を響かせる己に、主は振り返り先程の笑いをもう一度浮かべてみせた。
「マーカー、お前疼いて仕方ねぇんじゃねぇか?」
「…それは隊長の方でしょう」
 ニヤニヤと笑みを浮かべながら無遠慮な視線を、足元から先程の情交で少しばかり乱れた髪まで巡らせる主に敢えて挑戦的な笑みを向ける。
「…可愛くねぇ野郎だな」
「それは申し訳ございませんでした、隊長が私に可愛げなどを求めてらっしゃるとは全く気が付きませんでしたから」
「…ンとに可愛くねぇな、仕置きが必要か?」
 焦れたように肘を掴まれ、引き寄せられて手近な鍵の開いた部屋に引き摺り込まれる。
 乱暴なそれに抱えていた書類の束を今度は落とさぬよう、しっかりと持ち直し片手でガチャリとドアを閉め、鍵をかけた。
 やれやれ、船に戻るまでにはもう暫く時間がかかりそうか…と小さな会議室らしきその部屋の時計に視線を移し、書類をきちんと揃え机の上に置いた後で性急に圧し掛かってくる隊長の身体に腕を廻した。

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