Tower of Babel(1)


 旧約聖書で見る煉瓦を瀝青で固めた巨塔の雄姿。
 神の門と謳われたその当時にしては途方も無い高さの建造物は今でも基盤のみが残されているらしい。と、幼い頃、寝物語に主から聞かされた記憶を不意に思い出した。


 腕に抱えた書類の束を揃えなおし、会議に長い時間拘束されあまり機嫌がいいとは思えない表情で長く伸ばした髪をバリバリとかきあげる主の後に黙ったまま続く。
 遥か眼下に翳みその輪郭を溶けたバターの縁のように歪ませる建物を見下ろし、今自分がいる場所が酷く曖昧な空間であることに小さく溜息を零した。
 団の施設内で最も地上から離れた場所に位置する尖塔、その最上階にある息の詰まりそうなつくりの会議室。
 地べたに這い蹲り生きている者達ならば物珍しいのだろうが、金の髪の獅子と共に空に生きる己達にとってはひどく違和感を感じてしまうその空間に、主も随分と疲労を感じたらしい。
 …もっとも、彼にとっては会議、という面白味の欠片も無い召集に時間を浪費することそのものが不満らしいのだが流石にこればかりは仕方が無い。
 渋る男を宥め、皆無に近い部隊長として果たすべき責任を辛抱強く説きやっとの思いで彼を会議場に引き摺っていくのはいつも己の役目である。
 苦に思ったことなどはないが、これが毎度のこととなればいい加減諦めてはくれないか、と呆れることもある。
が、しかし如何なる事でも自分の主張を曲げた例がない、それが我が主の性格であり並びに己自身がどうしようもなく惹かれた部分でもあるのだから始末が悪い。
 子供のように意固地になる彼を、可愛らしい、と思えてしまう程己の奥深くまでハーレムという男に侵食されているということか、ブーツの底に感じる冷たい床を踏締めながら空と地の丁度合間に立ち口唇に笑みを浮かべる自分を、主が振り返り苛立たしげに呼んだ。
「マーカー、さっさと来いや…ンな息が詰まる場所、俺ぁとっとと出てぇんだよ」
 未だ荒い口調だが、先程会議中に実の兄でもある総帥に食ってかかった時より幾分か穏やかな声色に戻っている。
「はい…・申し訳ございません隊長」
 数百メートルの距離を繋ぐ地上直通のエレベーターの前に立ち、手招きで己を呼ぶ彼に小さく頭を下げて書類の束をしっかりと腕に抱えたまま小走りで駆け寄った。



 上層部が一同に本部に集結する半年に一度の会合、互いの顔も碌に覚えていないような団の幹部達は会議が終わった後も白々しい笑みを顔にはりつけ、己の立場を団内で危うくしない為だけが目的の"和やかな談笑"、とやらに挙って時間を費やす中、主と己だけは真っ先に豪華な調度品で飾られた会議室を後にした。
「……・なぁに笑ってやがんだ、マーカー」
 主に続き重い扉から足を踏み出したところで後ろから総帥に呼び止められた。そしてその声を確かに主も聞いていた筈だ。
 無情に閉められた扉の向こうで大方総帥は、久方振りに顔を合わせた兄弟水入らずで楽しむ為に用意した今夜のディナーの下拵えが無駄になったことを嘆いていることだろう。
「いえ、別に」
 口唇の端に笑みを浮かべたまま、地上に降りる為動き出したエレベーターの中、外の景色を眺める。
景色、といっても今己達がいる建物の他にこの高さで目に映るものなどどこまでも澄んだ青い空の他にありはしないのだが。
「上司に隠し事とは感心しねぇなぁ…・ん?」
 寄せられる口唇。
 四角形の密室、その角に押し遣られ逞しい身体で逃げ道を塞がれる。
 そして降ってきた少し乾いた温かい感触に瞳を瞑り大人しく上方に顔を上げる。
 …チュ、と微かな水音だけを残し離れた口唇に蝋燭の灯火のような熱がともされた。
 吐息を感じられる距離で絡む視線、うっとりと細められた己の瞳に主は薄い笑みを浮かべ今度は深い口付けに口唇を塞がれた。
「…ん、…・ぁ……」
 幾度も角度をかえながらその激しさを増していく口付けに不本意ながら膝が震える。
 熱に潤む瞳で主を見上げれば己の昂る様を楽しむように、膝の間に筋肉の張った太腿を割り入れてきた。
 自身が、太腿に擦りあげられ否応無しに煽られる体勢に、身を捩り抵抗を示す。
「…ん、…止めください隊長…こんな…、っ所で」
 あがる息を抑えながら紡いだ抗いの言葉は欲に濡れ、情けない程に掠れていた。
「こんな所、だからいいんじゃねぇか…オラ、ここなら俺以外、誰もお前のイイ顔みられる奴なんかいやしねぇぜ?」

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