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 いつのまに眠ってしまったのか、それとも真夜中の逢瀬そのものが夢だったのか判断がつかない。
 気がつけばあたりは明るくなっており、面会時間を待ち構えていたように昨日の面子が顔をそろえて”遊びに”病室へとぞろぞろ入ってきた。
 未だぼんやりとした顔で同僚、上司を迎え、昨日と同じく一人だけ顔をみせない男にやはりあれは夢だったのかと寝癖のついた蜂蜜色の髪をぽさぽさと掻きあげた。
 いい加減報われない恋に身を焼きすぎて欲求不満も限界を振り切ってしまったのか、願望そのもののような昨夜の媚態を思い出しやれやれと溜息を吐く。
 充分すぎる程たっぷりと睡眠をとった筈なのに、どこか寝不足の時と同じ倦怠感に首を傾げながら、仲間たちの後に続いて病室に入ってきた美人の看護師に愛想笑いを浮かべる。
「はい、それじゃロッドさん検温からいきますね。昨夜はよくねむれ…・」
 良く眠れましたか?終いは空気に溶けこむような元気の無い声を不思議に思い彼女の顔を覗き込めば、どこか青褪めた様子で視線を病室のあちらこちらに彷徨わせている。
昨日顔を合わせた時にははきはきと元気がよく笑顔が眩しい魅力的な表情をしていたのに、今日は一体どうしたことか?
オレ何もしてないよな?と自分の行動を振り返ってもここまで彼女の表情を曇らせるようなセクハラは未だしていない筈だ。
「どうしたの?元気ないよ看護婦さん」
 何か困り事でも?と首を傾げ笑顔を向けると、彼女は暫く逡巡した後に愛らしい口唇を開き、ぽつりと独り言のような呟きを落とした。
「…・幽霊が」
 幽霊?と彼女が発した意外な言葉に隊長も、ボーヤも、Gも、そして自分も呆気にとられた顔で彼女を見つめる。
「昨夜、巡回の同僚が…その、こちらの部屋の前で綺麗な女の人の幽霊をみたって…あ、の…私、そういうの苦手で。ごめんなさい」
 普通そういった出来事は患者には秘密にするべきなのだろうが、年若い看護師は余程その類に弱いらしく訊ねるがままに詳細を話してくれた。
 なんでも、今朝から同僚達の間ではその話でもちきりらしい。
 アオザイのような服を纏った細身の美女が巡回の看護師の目の前でふ、と消えた。と。あれはきっと人を魅了し弱っている魂を喰らうという悪霊の類に違いないと決め付けたスタッフによって塩が撒かれたとか、なんとか。
 話を聞くうちに幽霊の正体が掴めた隊長はニィ、とたちの悪い笑みを浮かべ「ほぉー。へぇ、ほぉ」と己の肩をポンポン叩きながらよく分からない冷やかしをおくってくれ、ボーヤだけが看護師の話に大袈裟に相槌をうちながら
「こえーよ!やべーよ!」を繰り返していた。


 この調子ならば艇に戻ってから件の幽霊も揶われることは必至かもしれない。そうなれば今夜から彼はひっそりと病室を訪ねてはくれなくなるだろう。
 思わぬ伏兵から二人きりの貴重な逢瀬を邪魔され、落胆しつつも心の中で「っていうか一般人に気配気付かれてんじゃねぇよ…」とぼやくロッドであった。


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