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 そういえばマーカーちゃんはとうとう夕方まで顔をみせてくれなかったなぁ、当然といえば当然か。
 彼にとっては仲間は馴れ合うものではなく、自分自身を含め作戦を遂行するにおいて効率良く仕事をこなすための駒の一つとしか思っていないだろう。
 駒が壊れたところで見舞う筈が無い。
 うとうとと少しばかり眠り、また目が覚めてあたりを見渡し何も変わらない景色に溜息を吐いて長い睫毛を伏せる。
 幾度かそれを繰り返し、ふと次に瞳をあけたときにはあたりはすっかり暗くなり、窓から差し込む月の光だけがぼんやりと物の輪郭を浮かび上がらせていた。
 今、何時なのだろうか?確認してどうするつもりもないが喉は渇いているし、いい加減惰眠を貪るのにも飽きてきた。
 しかし身体を起こすにもあの痛みを思い出せば億劫になり、さてどうするかと何気なく病室の入り口に視線を遣ればふ、と滑り動いた影に眉を顰める。
 見間違いか?とも思ったが戦場では弾丸すら見切る事が出来る己の目が見誤るなど考えられない。酔っていればそれは別の話だが今回は思いもよらない急な展開に酒瓶を隠し持ち込む暇もなかった。
 月の光が落とすベッドの黒い影が伸びるドアの先、影の正体を見極めようと目を凝らす己の視界それはゆらりと陽炎のようにあらわれた。
「よく気がついたな。まあ、他人の気配に気付かず寝首をかかれるような間抜けは特戦部隊には必要ないが」
 とろりと淀んだ黒い影から切り離された、すらりとした細身のシルエット。
 彼は艶のある低音で囁くように言葉を紡ぐとゆっくりと月明かりの下、その姿を現にかえした。
 薄白い明かりに照らし出されたどこか浮世離れした姿に、寝台に身を横たえたまま口唇に笑みを浮かべる。
「困りますねぇ、患者さんの面会時間は過ぎてるよ?」
「貴様の見舞いではない。だからそんな時間も私には関係ない。」
 これで文句あるまい?と切れ長の瞳を嬉しげに細め、物珍しそうに何も無い病室を見渡しながら彼が寝台の傍らに足を運ぶ。
「思った以上に静かだな。貴様には勿体無い待遇だ」
 マジックペンでロッド様、と書かれた寝台脇のプレートをほっそりとした指先でたどり、笑った。
 そういえばどこから彼は入ってきたのだろうか。足音もなければ、ドアをあける音すらしなかった。まるで黒猫のように気がつけば影と同化して己の傍らに佇んでいた、ひょっとしてこれは都合のよい夢なのかもしれない。
 ひやりとした体温の低い指先をそっと絡めとり引き寄せて口唇に押し当てる。恭しく主人に仕えるようなキスを指におくり、されるがまま曖昧な笑みを浮かべているマーカーにもう片方の腕も伸ばし 呼んだ。
「夢かな、これは。」
「……さあ?」
 ふわりと抱き寄せた華奢な身体が己にそっと覆い被さり、痛めた腰に負担をかけないよう羽が触れるような口付けを降らせた。
 そのまま角度を変え、幾度か繰り返されるそれにすっかり蕩けた瞳を彷徨わせると、月の光が生み出した妖のような男は目の前で見せ付けるように自分の手指を口唇に押し当て淫猥にぺろりと舐めてみせた。
「なんだその程度で、だらしない」
 たちの悪い娼婦のように毒を孕んだ視線は背中をじりりと灼く。
 目の前にちらつかされた据え膳の馳走に飛び掛りたい衝動をぐっと堪える、流石に怪我している足腰を酷使するような行為をこの場で行うわけにはいかない。
 これでは蛇の生殺しだ…と悔しげに舌打ちする己にマーカーは心底楽しげに、咲き誇る大輪の花のような妖艶な笑みを浮かべて見せた。

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