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「入院です」
 無表情に眉一つ動かさずに、ガンマ団が誇る天才医師に告げられた言葉を俄かには飲み込めず男は呆気にとられた顔でぽかんと口をあけた。
「は?」
「だから入院ですってば」
 にゅ・う・い・ん、と一文字ずつ区切って発音しなおし、分かりましたか?と一見優しそうにも見える少しだけ垂れた瞳を細める医者は手早く診断結果をカルテに書き記し、今後の治療に関わるさまざまな書類をファイルから取り出してここに上司のサインを貰ってきて下さいねと小学生に言い聞かせるように念を押し該当箇所に大きな赤丸をつけた。
 体術や特殊能力は人並み以上の者が集うエリート暗殺集団でも頭の中身は世の平均より遥かに低い者が多い、そんな職場だからこその対応なのだろうが問題なのは其処ではない。
「へ?入院って、誰?オレが?なんで?」
 自分の他は付き添いなど誰もいない、間違って宣告されることはありえないとは分かっていてもつい聞き返してしまう。
 幼い頃から大病などは一度も患ったことがなく、幾度も重ねた敵地襲撃任務においても応急手当でなんとかなる、かすり傷以外の怪我などはした事がない。
自分以外の部隊が全滅するような過酷な戦場においても悪運の強さでこれまで幾度も死線を潜り抜けてきた自分が、一体全体何故に入院などしなければならないのだろうか。
「なんでって、あんたが尻が痛いって来たからでしょうが。ほら、こちらがレントゲン、見事に折れてますよ。」
「折れてるって…・ゲェェーッ、マジで?え、これマジで?」
 折れている、は大袈裟だが確かに高松の指す箇所には大腿骨にしっかりと入ったヒビが素人目にもはっきりと分かった。

 事の起こりは昨夜、酒宴の席で程良く出来上がり、お気に入りの縫いぐるみを離さない子供のように青褪めるリキッドを羽交い絞めにしながらウィスキーの氷の追加を急かす隊長に「はやくしろ」と尻を蹴飛ばされたのだが原因なのだが、まさか、それっぽっちの事で骨にヒビが入るなんて。
 確かに昨晩いつまでも蹴られた箇所がジンジンと疼き、寝台に横になった時にも違和感を感じてはいたがこう大事に至るとは思いもよらなかった。人間、自覚しないうちは取るに足らない痛みだとおもっていたものがこうはっきり深刻な症状を告げ
られると途端に酷く痛む気がしてくる事が不思議だと思う。
 此処にくるまでは口笛を吹きながら暢気に歩くことが出来た腰が、今は立ち上がる事も拒むのだからこれはもう笑うしかない。
 手近にいた団員を捉まえ、暴君へ事の顛末の伝言を頼めば一刻もしないうちにどやどやと狭い医務室が蜂の巣を突いたような騒ぎになった。

 まずは無口で何を考えているのか分からないが、仲間に対する情は誰よりも深いドイツ人。彼は他人の不幸は蜜の味と憚りなく言い切る中国人とはある意味対極に存在するような漢で、急な不幸に見舞われた己を気遣うようにでかい図体に不釣合いな小さな花を束ねたものまで持参してきた。オレはきっとこの男が結婚するときには二千円、いや三千円包んでも
惜しくないと思うだろう。
 水辺で美女が溺れていたときには自分の次に人工呼吸権を譲ってもいい、そう思える程の唯一無二の親友といえる男なのだ。
 そして生意気だが、義理と人情ついでに友情という俗にヤンキーと呼ばれる人種の動力源には鬱陶しい程に熱い新入り。
昨夜獅子舞に振り回されていた時にはぐったりと口から泡まで吹いていたが今日は同僚負傷の知らせに真っ先にかけつけ、自分のケツの痛みのように己の怪我を気遣ってくれた。
 なかなかにして可愛らしいところのある奴だ、なんでもヤンキーとやらは常日頃から群れを作り仲間が負傷した際には敵にお礼参りという名の報復行為を自主的に発動してくれるらしい。
 このボーヤもひょっとしたら隊長に…・いや、それは流石に無理か。
 最後の最後に現れたのは他でもない加害者、獅子舞隊長その人で。こちらは顔を見せるやいなや「俺のせいだって言いてぇのか、あ〜ん?」と被害者を脅すという非人道的極まりない行動に出てくれた。
 覚悟はしていたがここまで予想通りの暴挙に出られると諦めも相俟って何の文句も出てこないのだから不思議なものだ。
 もともとこの上司に何を期待していたわけでもないのだ、謝罪の言葉一つ望んではいない。
 蛇の舌を覗かせながらねちねちと嫌味を零す上司に高松から指示された書類を手渡し、必要な所にのみ署名捺印させ空欄に卑猥な落書きをしようとする中年の悪餓鬼をリキッドに頼んで部屋から半ば強引に引き摺りだして貰った。
 唯でさえ精神的にも肉体的にもダメージを負っているのだ。
 これ以上の追い討ちは出来れば勘弁願いたい。


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