precious(2)


案の定、視界を著しく妨げる土砂降りの雨の中で感覚だけを頼りに走っていたのがまずかったのか、もう既に目的の場所についていても良い筈が一向にそれらしき目印を見つけることは出来なかった。
「なんてこったい、いいトシして迷子かよ俺・・・」
 大袈裟に両手を掲げ、お手上げとばかりに首を振る。

 時は金なり、が信条の隊長からはきっと、後からこっぴどく嫌味を言われるだろうがここで焦っても情況が好転するわけでもないだろう。
 取り敢えずは雨が小降りになるまで、凌げる場所を探すことが真っ先にやらねばならないことだと判断する。
 もうすっかり全身濡れ鼠だが、このまま身体を冷やし続けることは得策ではないだろう。
 フウ、と吐き出す溜息が白くけむり、こうしている間もどんどん奪われていく体温を繋ぎ止めるように己の身体を両腕でかき抱いた。

 
 どこまで走っても同じようにしか見えない瓦礫の山の中で、辛うじて元の建造物の形を保っている粗末な家が視界に止まる。
 この際贅沢は言っていられない。ヨシ、と脚を止めると取り敢えず周りを確認し、暗い家の中に滑り込むように身を隠した。
 吹き込んできた爆風の為だろうか、床もテーブルの上も埃に塗れた暗い家の中はお世辞にも綺麗とは言い難かったが雨宿りをするならこれで充分だろう、と一通り見渡しドカッと腰をおろす。
 緊張が身を包んでいる間は全くといっていい程感じることのない疲労が、一旦気を抜くと一度に押し寄せてくるのは不思議なものだ。

 長時間走り続けた為パンパンに張った太腿の筋肉を揉み解しながらフワァ、と大きく伸びをする。
 今回の任務も、手荒ながら予定どおりに終了した筈だ。
 街一つを半日にして壊滅させることなど珍しいことではない。
 道端に倒れていた数え切れない程の死体も、既に見慣れた光景になっている。
 その度に罪悪感を感じることも、無くなって久しい。これは、只の任務に過ぎない。


 外から射し込む幾筋かの光が、部屋中に篭った埃を薄らと浮かび上がらせ その光景をぼんやりと見ているうちに、幾らかネガティブな気分になっていたらしい。
 今更考えても仕方の無いことを振り払うように冷え切った頬をパンパンと叩き、視線を家の奥に向けたところで横たわる小さな黒い塊に気がついた。

「・・・・?」
 ここからでは陰になってよく見えないが、どうやら人間らしい。
 しかし今まで一切の気を感じなかったということは、恐らく既に絶命しているのだろう。
 それにしても、随分と小さい。まだ子供か?と身を乗り出したところでその塊が「ゥゥゥ」と小さく呻いた声に眉を寄せた。

 息がある。

 だらしなく座っていた身体をひょい、と起こし、人影に近寄るとそれは年端もいかないような幼子だった。
 蹲り、悪夢に魘されるように可愛らしい顔を歪めているが見たところ、ひどい怪我などはおっていないらしい。
 廃墟と化した街で生き残りがいるなんて、奇跡だなと感嘆の溜息を吐き出し、子供の柔らかい頬を軽く指先で突付いた。
 ンンン、と苦しげな声を発し、覚醒した後で弾かれたように飛び起きる。
 荒く息をつきながら驚きに見開かれた瞳で、あたりを見回す小さな体を腕を組んだまま見下ろすと、雨の音だけが響く空間を奇妙な静寂が包んだ。
「・・・・ママは?」
 暫くの沈黙の後、掠れた声での問いかけに一瞬言葉に詰まる。
「さあ?」
 乾きかけた髪を手櫛で撫でつけながら答えると、それ以上は何も聞かれることはなかった。

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