戯(ハレマカ)3


 言葉を発した後でゴクリ、と唾を飲み込んだ己の背に、呆れたような声がかかる。
「何、馬鹿言ってんだ?マーカー。」
 悪い冗談はやめろ、と一笑に伏せようとする隊長の言葉を遮り、布団の中身を丸めながらもう一度おなじ意味を持つ言葉を口にした。
「・・・私では、役不足でしょうか」
「誰もンなこと言ってねぇだろうが」
 言葉に詰まると、いつもバリバリと金色の髪を掻き乱す貴方の癖が、こうして背を向けていても分かる。
「私にだって隊長のお相手を務めることくらい出来ます」
 女達のように柔らかな乳房やしなやかな肢体もなければ、彼と酒を共に楽しむことも未だ未発達のこの身体では不可能である。
 だが、それでも、彼を受け入れたいと願う心は日に日に大きく育ち、夜毎己を苦しめ続けている。
 ならば、いっそのこと・・・と思い意を決しての訴えにも色よい返事は返ってはこなかった。
「・・・お前ヨォ、抱かれる、ってことがどういうことか分かってねぇだろ」
「隊長になら、何をされても構いません」
「死ぬ程痛ぇんだぞ、オメーみてぇなチビに耐えきれる訳がねぇだろ」
「構いません、覚悟は出来ています」
「だぁぁ・・・・ッ、俺が構うんだっつの・・・!」



 ガシガシと髪を掻き乱しながら頭を抱え、ああ、もう、と背後で肩を落とす隊長の表情はきっと困惑に歪んでいるのだろう。
 外出を邪魔したうえに、こんな駄々を捏ねるような自分をもしかしたら彼は疎ましく思うかもしれない。
 もう、お前などいらないと放り出されれば自分は身の置き場を失くしてしまう。
「申し訳ございません隊長、しかし私は・・・」
 だんだんとか細くなる声、こんな弱い姿を晒す己を彼は許してくれるだろうか。
 鼻を啜り上げる音を瞳のすぐ下まで引き上げた毛布で誤魔化し、続く沈黙に耐え切れず息を潜める己の背後にギシリと体重がかけられ、寝台が軋む音が聞こえた。
「お前を淫売の代わりに使えだと?」
 すぐ近くからかけられる言葉は、幾らか怒声を帯びている。普段あまり聞いたことのないような主の声に、丸めたままの身体をビクリと強張らせた。
「馬鹿野郎、・・・ったく、人の気も知らねぇで・・・」
 胎児のように丸めていた身体を強く引き寄せられ、驚き思わず上げた顎を大きな掌にしっかりと捉えられる。
目を丸くする己の視界いっぱいに映った金色の髪と、蒼い瞳が次の瞬間見えなくなり、そのかわりに。
「・・・・・・・・・・!!」
 塞がれた口唇、割り開かれた其処からぬるりと温かい感触が入り込んできてはじめて自分が彼に何をされているか、認識することが出来た。
 彼から与えられる口付けは初めてではない。が、こう噛み付かれるような深いものは未だ知らない。
 妨げられる呼吸に逃げうつ身体を押さえ込まれ、より深くまで貪られれば頭の奥がジンジンと痺れてくる。
 まるで肉食獣に生きながら喰われる獲物のようだ、狭い口内を犯され、啜られる感覚に小さな喘ぎを零す以外自分に何が出来るというのだろうか。
 普段彼から施されるそれとはあまりにも違いすぎる深い口付けに戸惑う己を余所に、薄い寝間着の裾から手を差し入れられ身を竦ませた。
 率直に、感じたものは恐怖。
 情欲を滲ませた昏い、蒼い瞳に見下ろされ抗うことも出来ずに身に纏っていた全てのものを取り払われ。
「テメェで誘っておいて逃げられると思うなよ、マーカー」
 舌舐め擦りをしながら細められた瞳に、蜘蛛の巣に絡め取られた蝶の如く身を震わせた。

(続)

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