戯(ハレマカ)2


「あ・・・・あの」
 置いて、いかないで。
 そんな言葉が吐ける筈もない。
 自分に彼の行動を束縛出来る権限など一欠けらもありはしないのだ。紡ぎかけた言葉を下唇を血が滲むほど強く噛み締めることで押し止め、項垂れたまま力なく首を振った。
 聞き分けのない子供のような、情けない表情を主の前で晒したくはないと下を向いたままようやく紡ぐことが出来た言葉は自分のものではないような奇妙な違和感を覚えるものだった。
「お気をつけて・・・いってらっしゃいませ、ハーレム隊長」
 グッと握り締めた拳が胸の中で荒れ狂う感情に耐えるように小刻みに震える。
 我侭など許されない。共にいて欲しい、どんなに強く願おうとも主がそれを望まなければ己の欲求など身分不相応の愚かな願望に他ならず。
 彼を困らせるだけの言葉など己に吐ける筈もない。


「やーめた、やめた。オラ、今日はもう出ねえからよ、さっさと扉に鍵かけちまえマーカー」
 ハァァ、と小さな溜息の後で不意に頭上からかけられた大声に、弾かれるように顔をあげた。
 まさか、聞き分けのない自分のせいで主の機嫌を損ねてしまったのだろうか。途端に酷く泣きたい気持ちになり、主を仰ぎ謝罪を述べようとする己の頭の上にもう一度掌の温もりが伝わり。
「ンなシケたツラしてる俺の大切な部下を置いて行ったって、面白くもなんともねえじゃねぇか」
 ニィ、と細められた瞳が湛えた優しい蒼の光に、何を言うことも出来ず彼の締まった腹に顔を埋めるように勢い良く抱きついた。



「・・・ンで、何があったんだ?マーカー」
 明かりを落とした部屋の中、大人用のベッドの真ん中小さな身体を横たえる己の傍らで、寝酒をチビチビと嗜む隊長がグラスを傾けながら問いかけてくる。
 強い琥珀色の酒をまるで水のように飲み干していく彼の喉仏を横になった視線のままぼんやりとみつめ、今度は平常を保ったままの声で何でもありません、と続けることが出来た。
「何でもねぇようなツラには見えなかったがな」
 細かな飾りが施された瓶から最後の一滴をグラスに移し、美味そうに舌先でぺロリと舐める獅子には己の誤魔化しなどはじめからお見通しらしい。
 視線で理由を問うてくる彼の瞳から逃げるようにコロンと寝返りをうち、背をむけたまま小さな声で呟きを落とした。
「・・・・私では」
「ぁん?」
「私では、代わりになりませんか?」


 己の知らぬ場所で貴方と夜を共に過ごしている、商売女達の代わりになれやしないだろうか。

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