ANSWER(28)


 本当なら歩くだけでも辛いであろう傷を負った身体のどこからこんな力が出せるのだろうと驚くほどの強さで暴れ、傷ついた瞳で睨みつけてくるマーカーの動きを封じる為に思い切って両腕の中に抱き込めば、間髪をいれずに鳩尾に手加減抜きの一撃を入れられる。
 一瞬息が詰まったが、ここで離すわけにはいかないと抱き締める腕に力を篭めると、それでも暫くもがいていたがだんだんと抵抗が弱まり、最後には互いの荒い息遣いだけが静まり返った部屋にやけに大きく響いた。


 自分よりも頭ひとつ分低い位置にあるマーカーの瞳は伏せられ、犬のようにハァハァと荒い息を繰り返している。乱れた鴉の濡れ羽のような髪に頬を埋め、先程まではきつく拘束するだけだった腕を少しだけ緩め華奢な背中を辿るようにゆっくり撫で上げた。
 逃げようという気は失せてしまったのか、それとも自分の次の出方を待っているのか。大人しくされるがままになっているマーカーの髪に強く頬を摺り寄せほんの少しの隙間も残さず抱き締める。
 抵抗はぴたりと止んだが、それでも未だ神経をピリピリと張り詰めているのが感じられるマーカーの耳元で、息を吸い込み静かに言葉を紡いだ。


「憐れんでなんかいねぇよ。」
 腕の中に閉じ込めた身体がビクリと竦む。
「俺な、お前がひでぇ目にあわされてんの観た時、頭ん中真っ白になった。誰が何言ってんのかもわかんねぇ程な。」
 ハーレム隊長がなんつってたのかも、正直思いだせねぇやと小さく笑い、静かに息をひそめて自分の声を聞いているマーカーの髪に頬を埋め瞳を閉じた。
「後でどんなやべえ事になるかなんて考えずにお前んこと探して、んで一人で乗り込んでった。
勿論隊長にもヤツらにも無断でな。クビになってもおかしくねえよな」
 それでも、彼のことしか考えられなかった。
 マーカーを取り戻すことが出来るのならば、自分の事などどうでもいいと思い、心のままに行動した結果が偶然上手くいっただけのこと。
「昼間お前、俺に触られたときにすげ怯えてたろ。もう超ショックでさ・・いや、お前が悪いわけじゃないのは分かってる。んだけどお前にとっては、俺もそいつらと一緒だってのがホント、キツくってさ」
 抱き締めた身体がまた小さく、震えた。漆黒の髪に隠されてその瞳を見ることは叶わないが紅く色づいた口唇が小さく戦慄いているのは見て取れる。
 それが怒りなのか、それとも他の感情なのかを読み取ることは出来なかった。
 が、もう 一度吐き出した感情に歯止めをかけることは止めた。
 自分の心に嘘を吐いてこの場を上手い言い訳で誤魔化し、何事もなかったように明日からまた仲間を演じるよりも。
「御免な、今のお前に言っても混乱させるだけだろうけど、やっぱ俺お前のこと好きだ。
マーカー、お前じゃないと駄目なんだ俺」
 力いっぱいに腕の中の小さな身体を抱き締め、振り絞るように漸く紡いだ告白の言葉にマーカーの身体が一瞬かたく強張った後、だらりと両脇に垂らしたままの掌がきつく握り締められるのが感じられた。
 そのまま殴られるのかと思い、彼がしたいならそうすればいいと潰しそうなぐらいに強く抱き締めていた両腕の力を少しだけ弱める。

 
「・・・馬鹿め」
 小刻みに震えながら拳を作っていた腕の力が不意にスゥ、と抜け、マーカーの腕がそのまま背中にそっと廻された感触に驚き、きつく瞑っていた瞳を開けた。
「何故、貴様が泣く」
 そう言われて、初めて自分の視界が涙に滲んでいることに気付く。
 自分を見上げているマーカーの瞳は困ったように顰められ、背中に廻った細い腕は暫く躊躇うように彷徨った後、ギュッと強く力を篭められた。
「昼間のあれは夢見が悪かったからな、少し神経質になっていただけだ。
それにしても、馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが・・・・本当にどうしようもない馬鹿だな。
下らない下衆共と、貴様を混同するような、愚かな私だと思っているのか。」
 細められた瞳が真っ直ぐに向けられ、その口唇の端に僅かに笑みが浮かぶ。
 そしてそのまま照れたように瞳を逸らし、頭を肩口に埋めるマーカーに溢れる涙を止めることが出来ず、情けないとは思いながらも鼻を啜り上げながら何度も彼の名前を繰り返し、呼んだ。

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