ANSWER(27)


「・・・・ッ」
 それまで静まり返っていたところにいきなりの反応を見せられ、ドアの前から去ろうと身を翻しかけていたマーカーも驚いた表情のまま固まっている。
 滑稽なほどに必死な顔をしているであろう自分を訝しげに見つめ、いるのなら返事ぐらいしろと刺を含んだ声色で咎められた。そして、さも当然のように入り口を塞ぐ自分の脇をスルリと猫の様にすり抜け、主に断りもなく無断で部屋の中に侵入する。
 その行為自体は限りなく何時ものマーカーそのものなのだが、未だ信じられない光景に間抜け顔を部屋の中を見渡すマーカーに向けたまま、動くことが出来ない自分がそこにいた。
 マーカーが他人の部屋を訪れることは滅多に無い。
 時たま呼び出しがかかる隊長以外では仲間内でも皆無といってもいいほどだ。
 勿論、マーカーが自分の領域に足を踏み入れることも初めてのことであり・・・壁一面に貼られたポルノ雑誌から切り抜いた半裸の女のピンナップに侮蔑の表情を浮かべている彼の姿に我にかえり、慌てて口を開いた。


「な、何だよいきなり。珍しいじゃねぇかよお前が俺に用事なんてよ」
 もしかして俺の顔が見たくて来たとか、と普段どおりの軽口を叩こうとしても、上擦る声を隠すことが出来ない。
 動揺する自分をチラリと横目で睨み、腕を組んだまま壁際に立つマーカーが瞳を伏せて腹立たしげに、呟いた。
「私に不満があるのならば、直接言えばいい」
 ――――?
 予想外の言葉にエ、と瞳を丸くした自分に気付くことなく、斜め下に視線を落としたまま怒りを滲ませた言葉を紡ぐマーカーを見つめる。
「貴様が私を嫌悪しようが避けようが構わん。が、それが任務を妨げる程のものならば放っておくわけにはいかん。不満があるなら言え、単に気に入らないだけならば殴るなり何なり好きにしろ」
 但し、明日以降任務中に個人的感情を絡めることは許さん、ときつく睨みつけるマーカーに何故自分がそのような糾弾を受けなければならないのか理解することが出来ず、目を丸くしたまま眉間に皺を寄せた。
 呆けたままの自分に苛立ちを募らせたのか彼の眼光は益々鋭さを増し、怒りを露にして内に抱く感情の全てをぶつけて来る。考えてみれば正面から感情を剥き出しにして自分に向き合う彼の姿を見るのも初めてなのかもしれない。
 その、瞳の強さに釘付けになる。
 黒曜石のような瞳に宿った、真っ直ぐに自分に向けられた光から目を離すことなど出来る筈が無い。
 間抜けにも薄く口唇を開いたまま何も言葉を紡ぐことも出来ず、押し黙ったままこちらを睨み上げるマーカーと暫く見詰めあったまま動くことすら出来なかった。
 

 このまま永遠に続くかと思われる時間を止めたのは、フン、と自嘲気味に落とされた、彼の寂しげにも聞こえる嘲笑だった。
「・・・口をきくことすら嫌とはな。随分と嫌われたものだ」
 貴様ごときにどう思われ様が構わんが、と続けるマーカーに慌てて否定しようと、つい何時もの癖で伸ばしかけた腕を、ハッと途中で止める。
 昼間の、手を伸ばした自分に酷く怯えたような瞳を向けた彼がフラッシュバックしたからだ。
 感情が昂ぶっている彼をまた怯えさせてはいけないと思っての行為に、マーカーの瞳がスゥッと顰められた。伸ばしかけ空中で止められた腕をチラリと見遣り、脇に視線を逸らして薄い口唇に己を嘲るような笑みを浮かべる。
 こんな表情を見たのは彼と行動を共にし出してから初めてのことで、そして彼にそんな顔をさせてしまった自分の行動に後悔を覚えた。
「もう、いい。貴様の気持ちはよく分かった、・・・・邪魔したな」
 吐き捨てるように言い捨て、そのまま自分の脇をすり抜けて出て行こうとしたマーカーの二の腕を反射的に掴み、逃すまいと強く引き寄せる。
 このまま彼を帰してはいけない。
「待てよ、おい」
 振り解こうと暴れるマーカーを押さえ込もうと躍起になる。
 今朝方Gと共に、眠っているマーカーの怪我の手当てをしたときに目にした身体中に残った痣や火傷の痕は常日頃戦場の第一線で戦っている自分達でさえ眉を顰めるほどに酷いものだった。
「離せ、もう貴様の顔も見たくない!」
「落ち着けよ馬鹿、お前怪我・・・ッ」
 手加減抜きに蹴られ、自由な片腕で殴られる。それでも掴んだ腕の力を緩めるわけにはいかない。
「貴様も観たのだろう?私が無様に下衆共に犯される様を。だから蔑んでいるのだろうが、あんな愚行何とも思わん。軽蔑するのは貴様の勝手だが、その憐れむような目は酷く不快だ!」
 勝手に人を貶めて憐れむな、虫唾が走ると切れ長の瞳を大きく開いて睨みつけるマーカーに胸が錆付いたナイフで抉られるような酷い痛みを覚える。
 人前で流すことを良しとしない涙の代わりに、傷ついた心からだらだらと血を流す彼の痛みが直に伝わり細い二の腕を掴む震える腕にグッと力が篭った。
「やめろ、マーカー」
 頼むから、止めて欲しい。これ以上自分で傷を広げるな。

- 52 -


[*前] | [次#]
ページ:




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -