ANSWER(25)


「なんか変だぞ」
 率直なその言葉に、参ったな、と足を止める。
 珍しく勘がさえているじゃないか。もしかしたら野生のナントカ、ってやつか?
「別に、普通だぜ普通。ぐずぐずしてると粥が冷めて文句言われるぜぇ、あの短気に」
「絶対変だって。なんだかよくわかんねぇけど、ロッドらしくねぇよ」
 暫くぶうぶうと頬を膨らませて納得いかないと憤慨していたが、粥が冷めるという言葉に漸く当初の目的を思い出したらしく慌てて部屋に駆け込んでいった。
 
 その姿を苦笑を浮かべながら見送り、そして視界に誰もいなくなったことを確認してから大きく溜息を吐いた。
 俺らしくない、ねえと小首を傾げて自嘲気味にわらう。
 俺らしい、っていうのは一体何なんだろう。
 小猿にまで言われちゃ俺もオシマイかね、と狭く長い廊下をゆっくり歩き出した。
 気分は冴えなくても、やらなければならないことは山積みになっている。
 取り合えず、隊長の指示があるまでGと共に船の整備をして、超過滞在になってしまった分の経費を算出して報告書を書く…と。後半は自分の得意分野ではないなと苦笑いを浮かべ、頭の中から仕事以外のものを振り払うように大きく伸びをした。


「…間違えが多いな」
 苦労して漸く仕上げた書類を差し出した途端にGがやれやれと修正インクを手にする。
 余計なことを考えないように仕事で頭の中を一杯にしようと実行に移したのはいいが、これがなかなか大変なものだと気づいたのは3度同じ書類をGにつき返されてから漸くのことだった。
 普段面倒くさがって全てGやマーカーに任せていた報告書がこれほどまで形式に拘るものだったとは知らなかった。
 Gが示した修正箇所のあまりの多さに最初は眩暈がしたが、流石に2度目3度目となれば要領は掴めて来る。
ぐんと修正箇所の数自体は減ったが、まだまだ紙面のあちらこちらに散らばる無慈悲な白い液体に、ゲェェと舌を出してから唇を尖らせた。
「いいじゃねぇか、ちっとぐらい」
…実際少し、と表現出来る量ではないのだが。
 顔の前で両手の掌を合わせる得意のオネガイポーズでGに笑顔を向けるが、駄目だと直ぐにその願いは却下される。
 最後の最後に書類に目を通す立場にいる隊長が、何時も寝惚け眼や酒に酔った状態で適当に判を押してしまう為、隊長の手元に渡る前の時点で完璧な状態に仕上げておかねばならない。
 どうやらその義務の全てを受け持っているのはこの無愛想なドイツ人だったらしいことを初めて知った。しかし、それにしても彼の監査は自分にとって厳しすぎる。
「固すぎんじゃねぇの、ねぇ〜ん、仕事とワタシとどっちが大切なのぉ〜、って彼女に言われねぇ?」
 ペンの先を子供のように齧りながら嫌味交じりにGに言っても、そんなものはいないと一蹴にされる。全く、ノリが悪い上に冗談が通じない野郎はこれだから困る。
 居残りで書き取りをさせられている子供のように不貞腐れた顔で、修正液の跡だらけになった報告書に再戦をかけようかとペンを持ち上げたその時。
「あれ、起きてて大丈夫なのかよ」
 リキッドの声に振り返ると、部屋の入り口で胡座をかき銃の手入れを行っていたヒヨコとなにやら話しているマーカーの姿を認め、眉を顰めた。

「この程度の怪我で寝込む程、柔な鍛え方はしていない」
 素っ頓狂なリキッドの声にフンと鼻で笑い、ヒヨコに隊長の居場所を確認しここにはもう用済みとばかりに、こちらには一度の視線も向けずに出て行った、
 その後姿を追うことも、声をかけることも出来ずに自分も何も無かったように書類に意識を戻す。
 
「…また同じところを間違っているぞ」
 修正液の瓶を片手に持ったまま紙面を指差すGに顔をあげれば、滅多に感情を露にしない彼が困ったような笑顔でこちらを見つめていた。

 らしくない、ねえ。
 確かにそうかも、しれないな。
 心の中で先程のリキッドの言葉を繰り返し、Gが丁寧に書類を修正液で塗りつぶしていく様をぼんやりと見つめていた。

 このままではいけない。自分も、そして彼も。


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