ANSWER(24)


 窓の外でチチチと楽しげに囀る名前の知らない小鳥の声だけが静かな部屋の空気を時折り揺らし、それ以外に聞こえるものといえば押し黙ったままの互いの息遣いのみ。
 少しばかり居心地の悪さを感じ、窓でも開けようかと腰をあげたところでマーカーの額に浮かぶ汗に気づき、何気なく拭おうと指先を伸ばした次の瞬間
「……っ!!」
 驚くほどの速さで反応したマーカーに指先を掴まれた。
 彼自身も自分の無意識の行動に驚いているのか、暫く目を見張って自分と、掴んだ指先とに視線を交互に移し、明らかな動揺を瞳に映して掴んだ指先を払いのける。
「…気安く触るな」
 過剰なスキンシップを好む自分とは違い、マーカーは必要以上の他人との接触を嫌っている。
 しかし普段から悪戯を仕掛ける度に言われ慣れている筈のその拒絶を示す言葉に、紡ぐ言葉は同じでも内に含まれた色に微妙な変化を感じ取った。
 揺れる黒曜石の瞳に浮かんでいたものは動揺と、確かに自分に向けられた恐怖心。
 冗談だろう?何時もの尊大なまでの態度はどこへ行っちまったんだ?
 心の中で反復する言葉を声に変えることは出来ずに、わりぃと一言だけ呟き、これ以上彼と共に居ることが出来ず、部屋を後にした。

 項垂れながら後ろ手にドアを閉め、そのまま背中を冷たい扉に密着させたままズルズルと屈み込み 畜生、と口の中で呟き苛立ちを言葉に変え吐き出す。
 一体何を怖がっているのだろう、自分は。
 床にペタリと尻をつき脚を抱え込んで項垂れたまま、扉を挟んだすぐ向こう側に居る想い人に何も伝えられない自分の弱さを、自分自身を罵った。

 肉体に刻まれた傷は時が癒しても、精神に刻まれた傷は同じようにはいかない。
 放置した傷が膿みやがては腐り落ちるように、傷を受けたままの心も放っておけばいつまでもその傷からじくじくと血を流し、痛みを伝え続けるだろう。
 それが、目に見えぬ場所にあるだけ身体の傷よりも後々面倒なことになり易い。
 勿論、彼の精神力の強さが人並以上だということは解ってはいるが、今回の件については話は別だ。
  高すぎるプライドと高潔な精神が受けたショックは、きっと自分の思っている以上に深いものに違いない。事実、マーカーの身体は自分にすら、触れられることを恐れている。
 指先が触れた瞬間、怯えを含んだ瞳で見上げられた時に自分の感じた胸の痛みなど、比較にならない程に彼の心は悲鳴をあげているのに何も出来ない自分に憤る。
「…っきしょう、どうすりゃいいんだよ」
 項垂れたまま髪を両手で掻き乱し、振り絞るような声で吐き出せばすぐ頭の上から少年の幼さを其処彼処に残す声が降ってきた。




「…何やってんだよ」
 顔を上げてみると、そこには不思議そうに自分を見下ろす青年が両手に銀色のトレイを持って立っていた。
 そういえばこいつとも顔を合わせるのは数日ぶりか、としゃがみ込んだまま黙って見上げていれば邪魔だよと靴先で軽く蹴飛ばされる。新入りの癖に礼儀知らずで、そして戦場には不釣合いな程純粋な瞳を持った男。
「マーカーもう起きた頃だろ。メシ食うかな」
 屈んでトレイの中身をホラ、と示すとそこには温かそうに湯気をあげている中華粥と水差しの瓶が乗せられていた。横に添えられている傷の痛み止めらしい薬は几帳面に服用法を記述したメモ用紙と一緒のところをみるとGからの差し入れなのだろう。
 美味そうだろうと満面の笑顔を見せるリキッドに、自分も漸く形作ることが出来た笑顔を向けのろのろと腰を上げた。
 んじゃ、後は宜しくなと背後でまだこちらを見つめているだろうリキッドにヒラヒラと手を振って見せ仕方ない、自室にでも帰るかと一歩踏み出したところで不意に声をかけられた。

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