どんぐり(2)


「・・・・どんぐりか」
 ぽつりと呟かれたGの言葉に御名答、とばかりにどんぐりを摘んだ手先を振ってみせる。
「どうしたのだ、それは」
 当たり一面焦土と化して草木一本見当たらないこの場所にそのようなものが落ちているとは考え辛い。マーカーの言いたいことなど分かっている。
 命あるものは人間、動物、植物と全て自分達が奪い去ったこの場所になど。
「ゆうべ、偵察した時にここで拾った」
 24時間を遡る未だこの場所が緑溢れる都市だった頃に。
「・・・それで、貴様は一体何がしたいのだ」
 もうまもなく隊長からの撤収命令が下されるだろう。
それまでの他愛もない暇潰しに過ぎないそれに意味を持たせる方がどうかしている。

「植林」
「木が一本では林にはならんぞ」
「じゃあPackage of Love and Peaceの実践」
「・・・・あれは二粒無ければ意味がないだろう」
 生きとし生けるものを全て排除した場所で愛と平和を謳うなど馬鹿馬鹿しい、が、二人の同僚がそれぞれ何か言いたげな視線で見つめる中仰々しく泥の壷の中に平和の象徴をぽとりとおさめた。

「G、水ない?水」
「・・・・水をかける必要などない位に泥濘んでいると思うのだが」
 自分とて瞎ではない。そのようなことは分かっているが人には愛を、獅子舞には酒を、花には水を、と言われるように、例え現時点で必要のないものであっても、種を埋めた者の手による水の散布はこれからすくすくとどんぐりが育つ上で必ずかけておかねばならないある種の儀式と
同じ意味合いを持つ物のような気がする。
 が、しかし辺りを見回しても瓦礫の山ばかりしか見当たらない。
池は干上がりこの街の地下を毛細血管のように布設されていた水道管もおそらく粉々になりその役目を果たすことの出来ない姿になって瓦礫の山に紛れているのだろう。


「・・・じゃ、これでいっか」
 代替案は至極あっさりと浮かんだ。戦場での己の脳の働きは驚く程に有能で、その脳が導き出した答えに従い、先の戦闘で傷ついた右腕にその場しのぎで出鱈目に巻いた包帯をスルスルと解き足元に捨てる。
 乾き固まりかけた血溜りを無造作に指先で抉り、堰止められていたものを取り払われトロトロと流れ落ちる自身の鮮血に瞳を細めた。
「おーきく育てよ、おーきく」
 泥の中に埋められたどんぐりの上に、細く絞られた赤い糸が流れ落ち鮮やかな色を咲かせていく。
満足そうに笑う自分の横顔をちらりと見遣った後でマーカーが踵を返し、停泊させてある飛空艇の方向へ歩き出し、Gもそれに続いた。




「今回は給料貰えんかね」
「さあな、塵を掃除したなりの報酬だろう」
「ま、どうでもいいけどね。あの世に銭はいらねぇし。な、G。」


 後に残るものは、死んだ街の静けさと血を吸った地面の下で息衝く直径1センチの次代の希望のみ。

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