どんぐり(1)


「何をしている」
 両腕を粘土のような灰色の泥の中に突っ込み、自分の思い通りの形をなかなか描いてくれない土壌と一生懸命に格闘する己に背後からかけられた愛する人の非情な声。


 特に興味を惹かれた風でもなく、只、地面に蹲り年甲斐も無く泥遊びに興じる同僚を嘲るようなその物言いに振り向くことはせずロッドは黙々と作業を続けた。
 ぐちゃぐちゃと指先に絡み付くそれをかきわけ、不器用に小さな穴を掘り返し泥だらけの手で頬を伝う汗を拭い、そして制服兼私服に使用している漆黒の皮ジャケットの内側のポケットに手を入れて出来たての泥のベッドの中に収めるべきものを指先で探った。


 背後から自分に向かい近づいてくる2人分の足音。
 ざく、ざくと軍靴が泥濘の有難くない歓迎を受け深く地面に沈み込んでは地上に引き戻される繰り返しのそれがたてる音に、瞳を細め口笛を吹いた。

 振り向かずともわかる。


「ロッド、そこで何をしているんだ」
 先程の絶対零度の声色とは違う、今度は漸く一人歩きしだした息子の戯れを見守るような父親のような声で問いかけられ己の背を見つめているであろう同僚に苦笑しながら泥塗れの片手を軽く揚げて応える。
 背を丸めて屈み込む己のすぐ背後で止まった二人分の足音に、口元に浮かべた笑みを深めた。
 振り向かずとも 分かる。
 半径数十キロのこの焦土に、息をしているものといえば自分を含めて三人だけだから。
 数時間前の賑わいが嘘の様に、また炎に包まれた街が轟音と共にその輪郭を崩壊させていったつい先程までの地獄絵図すら嘘のように。
 全てが終わった今は只色を失った瓦礫の山が広がるのみの荒野に成り果てている。


「馬鹿か、貴様は。いい年をして何を泥遊びなど・・・下らない」
 溜息と共に吐き出された、人を小馬鹿にするような口調も聞き慣れて久しい。
「うるさいな、マーカーちゃんは。いいの、オレが食いたい時が食い物の旬で、オレが見たい時が花の見頃。そんでオレがやりたいときが泥遊びの適齢期なの」
 ぷうと頬を膨らませ、きっと背後で腕を組み馬鹿にしたような顔で己を見下ろしているであろう同僚に聞こえるように言葉を紡ぐ。
 が、いや違う。売り言葉に買い言葉でつい言い返してしまったが、此れは泥遊びなどではなくもっと高尚なものであったのだ。
 ・・・指の間をぬるぬると潜る泥の感触の面白さについ自分自身でも忘れかけていたが。
 それを証明するために、先程ジャケットの内ポケットから摘み出しかけたものを再び捉え、親指と人差し指で挟み込んだそれを背後の二人に見えるよう後頭部の横に掲げてみせた。


 戦場には凡そ似つかわしくないチョコレート色の光沢を持った小さく丸い物体。

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