ANSWER(2)


 自分達の置かれている立場を安酒如きで忘れ、無防備な状態になっている同僚も
そんなロッドを値踏みをするような目で見つめ、意味深な視線を送ってくる店に溢れた彼曰くネオンテトラの娼婦達も。
 歓楽街の夜をひらひらと華麗に泳ぎ、雄を誘い泡沫の愛と汚れた紙幣に群がる彼女達は狭い店内を忙しなく動き回り、男に自らを売る為、陰を落とした視線での駆け引きを楽しむ。
 先程から何度もロッドを濡れた瞳で見つめる女をみかけたが、当の本人が前後不覚になる寸前まで出来上がっていては流石の彼女達もそれ以上自分から踏み出すことを躊躇っているらしい。
 ロッドが誰と寝ようがどこで何をしようが、構うことでは無いがそのせいで作戦が滞る可能性があるとするなら話は別だ。
 それに隊長が別行動をとっている今、この手のかかるイタリア人の首を押さえつけておくことは隊長から自分に課せられたある種の義務のようなものになっている。
 全く持って納得いかないが、仲間内から引き起こされる面倒事はもっと御免だ、と渋々ながらその役を甘んじて受けている手前、ロッドの気ままな行動を許容するわけにはいかない。
 いい加減店から引き摺り出し、河にでも叩き落として正気を戻させるかとマーカーが腰をあげようとした刹那。


「あの、もし宜しければこちら如何ですか?」
 頭上から降ってきた小鳥が囀るような声に、ピクリとマーカーが片眉をあげる。
 年の頃は成人したばかりぐらいの若い娘。黒髪をきっちりと編み上げ蝶の飾りがついた髪止めで纏め、大きな瞳は期待と不安に満ちた色を湛えて真っ直ぐロッドに向けられている。
 男の趣味の悪さを除けばなかなかに美しい娘だ。と腕を組んだまま無言で見上げていると傍らから聞こえたヒューッという下品な口笛の音に、忌々しげに顔を顰めた。
 予想通りといえば予想どおりなのだが、ロッドはどうやらこの小娘が大層気に入ったらしい。
 狭い店の狭い空間の為、一つのテーブルに椅子は2脚しか備え付けられてはおらず彼女に勧める椅子が無い為、自分の膝をポンポンと叩きここに座れと促す始末。
 河に突き落とすだけでなく、この馬鹿にはそろそろ冬の息吹も感じ始めるこのアジアの寒空の下、寒中水泳でも楽しんで貰う事にするか、と眉間を押さえて溜息をついた。


「お近づきの印にこれは私から・・・。異国の素敵な方」
 長い睫を伏せて、ロッドの膝に座った女が片手に持っていた小さめの酒瓶をおずおずと差し出してきた。
 酒と女が人生の潤い、と常々言っているロッドにとってはまさに今のこの状況は夢心地なのだろう。ワオ、と奇声とも歓声ともつかない声をあげ、女が不器用に酒瓶のコルクを抜く様を餌を待つ犬のように満面の笑顔で待っている。
「・・・呑みすぎだぞ」
「まぁ、まぁ。折角可愛い子ちゃんが持ってきてくれたんだしさァ、コレ呑んで最後にするから」
 大方身体を売る前に酒で酔わせて男の正気をなくし、財布の紐を緩める企みなのだろうがそのようなことをしなくても既にロッドの正気はどこか遠くに飛んでいる・・・無意味なことだ。
 それに、これ以上ロッドを酒浸りにされると引き摺って帰るにしても随分と骨がおれることになるだろう。
 最低限、たとえ千鳥足でも自分の足で歩いて貰わなければ。
 こちらとしても、この大男を背負って帰るなど真っ平御免だ。

 
 ようやく酒瓶の蓋があき、女とロッドが顔を見合わせてにっこりと笑ったところで、徐にスィッと伸ばされたマーカーの手が女の手から細身の酒瓶を取り上げ、2人が事を認める前に瓶に口唇を寄せ一息であおった。
 甘い香りとトロリとした強い芳香が口の中に広がる。ラベルを確認せずに煽ってみたがどうやら度数もあまり強くないらしい。
一気に呑めないものではないだろうとそのまま瓶が空になるまで中の液体を流し込み、唖然とした顔でこちらを見ているロッドに空の瓶を投げ返してやった。
「コレで最後だと言ったな。帰るぞ」
 天を仰いで大袈裟に落胆する馬鹿にいつまでも構っていられない、と勘定を払う為に財布を革のジャケットから探す。
 俯き、ゴソゴソと手触りで財布を確認すると不意にクラリと視界が歪んだ。
 ・・・・・?
 そんなに大量に呑んだわけでもないのに、おかしいと思いながらも財布を手にとり、すっかり不貞腐れたロッドをみれば自分のグラスの底に2センチほど残った葡萄酒を、恨みがましい目でこちらを伺いながら犬のようにピチャピチャと舐めている。
 お前は子供か、と大きく溜息をついて先に椅子から立ち上がると、再び膝から下の力が抜けるような奇妙な感覚を覚えた。

- 27 -


[*前] | [次#]
ページ:




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -