ANSWER(1)


 生まれて初めて突きつけられたそれに、感じたものは紛れも無い恐怖だった。

 そんなものは必要ない。

 この世界で生きていくのに邪魔になるだけだろう?

 悪戯に心を乱すものなど、いらない。



 ANSWER
                             1 / La Traviata

 世界屈指の歓楽街と謳われる、アジアの港街。
 小さな街に夜のとばりがおろされ、仄昏い夕闇に包まれる頃この街は、活気に満ち溢れた貿易都市の顔を脱ぎ捨てネオンで彩られた妖しい夜の様相を纏う。
 毒々しい原色のネオンライトの中を、細い肢体をそのまま浮き彫りにするような艶やかな民族衣装に身を包んで行き交う女達は、まるで水槽の底を優雅に踊るネオンテトラのようだ、と喉を焼く強い酒を啜りながら金髪の男が瞳を細めた。


 酒家に集う中国人達とはあきらかに違う空気を纏うその男に、同席している中国人がジロリと侮蔑の視線を送る。
 全身を黒のレザースーツで包んでいる為、濡れたような漆黒の髪から白磁の肌まで全て灯りの絞られた店内の闇にひっそりと溶け込んでいる。
 そこだけ紅を引いたように紅い口唇が、先程から店の中を行き交う女達に無遠慮な視線を送っている同僚に何かを言おうとして開かれたが、そのまま言葉は紡がれることなく再び一文字に引き結ばれた。
 何を言っても無駄、と自分の前に置かれたグラスに満たされた琥珀色の液体をあおり苛立ちを隠そうともせず乱暴に細い脚を組み、腕時計を覗きこんで舌打ちをする。

 遅い。幾ら何でも遅すぎる。

 今回任務に赴いた戦地とは大河を二つ挟んだこの街には、燃料の補給と食料の調達。
そして2日前に予定通り終わらせた任務という名の大量虐殺に関する報告を帰還前に一度本部に送るため立ち寄っただけの筈だ。
 野暮用とウィンクを寄越し、嫌がるアメリカ人の新入りを羽交い絞めにして夜の街に繰り出していった隊長は兎も角、真面目一辺倒なドイツ人まで連絡を寄越さないことは考えられない。
 同じガンマ団最強を誇る特戦部隊に名を連ねている彼のことだから危険に晒されているとは考え辛いが、もしかしたら勝手の分からない異国の地で、買出しに手間取っているのかもしれない。
 それならば生まれは違っても、この国の言葉を流暢に操れる自分が出て行くのが道理だろうと先程から何度か目の前で景気良く大酒を喰らっている男に話をしてみるのだが、すっかり出来上がって上機嫌のこの男には馬の耳に念仏状態らしい。


「だーいじょぶだって、マーカーちゃんは心配しすぎぃ〜なんだっつの」
 不機嫌な顔でじっと責める様に睨みつけてくるマーカーの肩をバシバシと手加減抜きに叩き、ヘラヘラと笑いながら一体何度目か分からない乾杯を虚空に向けて繰り返すロッドの姿に狭いテーブルの間を器用に通り抜けながら行き交うチャイナドレスに身を包んだ女がクスクスと
笑う。
 既に出来そこないの笑い袋のようにゲラゲラ笑うだけの馬鹿に成り果てたロッドとは違いどんな場所でも気を張り詰めているマーカーにとっては全てが不快で仕方なかった。

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