毒(ハレマカ)4
「ロッドの横ッ面のひでえ青痣、ありゃオメーの仕業じゃねぇのか?」
何だ、そんなことか、と溜息交じりの吐息を吐き出し上司の耳朶に今度はこちらが口唇を寄せる。
「確かに私ですが、何か問題でも」
耳朶をやわらかく口唇に挟み込み甘噛みを繰り返す。時折舌でペロリと舐め上げ、雄を誘惑する欲に駆られた下種な雌の眼差しで故意に見上げてみせた。
「…いんや、別に」
吐き気をもよおす位あからさまに媚びた瞳の中に隠した、それに気がついたのだろうか。主は何か続けようとした言葉を暫し考え込んだ後に呑み込み、無言で目の前の部下の身体を貪る行為に戻る方を選んだらしい。
賢明な選択だ、と胸に顔を埋める男の頭を抱き、黄金色の髪を撫で梳きながら瞳を閉じる。
しかし彼の言いかけた言葉など既に分かっている。きつく抱き締めあい深い交合に溺れたところで脳裏から薄れることのないあの男の顔に吐き気がする。
「ハーレム様…」
もっと、名を呼んでくださいと咽び泣きながら筋肉に覆われた逞しい背に爪をたてた。何度も、何度もあの目障りな蜂蜜色の残像が瞼から消え失せ己の名を紡ぐ反吐が出る程甘い声が聞こえなくなるように。
より強くこの身を穿って、より深くまで心を溶かす毒を流し込んで。爪痕は血を滲ませ濡れた口唇が吐き出す嬌声は悲鳴にも似たものに変わり、痺れ切った脳は目に映る輪郭全てを歪にゆがませる。
あなたが好きです、あなたのものでいさせてください、何度も頭の中で反響する言葉は、この声は幼い頃の自分のものなのだろうか。
幼子特有の甲高い声はぼろぼろに壊れかけた玩具をそれでも意固地に自分のものだと主張するように壊れたレコードの如く幾度も繰り返され、その度に孕む熱を増していく…・全くもって滑稽な茶番劇だ。
頼むから今の自分を、自我の均衡を崩さないでくれ。一体誰に対して私は縋っているのか、暗闇の中蹲り顔を伏せ耳を塞いだままの己には分からない。
ドクリと熱く熟れた内壁に叩きつけるように白濁が吐き出され、体内を幾度も挿貫いていた熱がびくびくと脈打つ感触に睫を震わせながら、薄っすらと瞼を開く。
その感覚に、…繰り返す夜伽でとうに慣れたそれに、細めた瞳から一筋涙が零れ落ちた。
心の裏切りを無理矢理に正そうとすることが此れ程までに苦しいとは思わなかった。裏切りの罪を犯したのは主ではなく己自身、罪を転嫁し彼に擦り付けてまで守ろうとした自尊心に如何程の価値があるものか。
「ハーレム様、愛しています」
ずきりと内臓に打ち込まれた棘に覆われた楔の痕が、その言葉に痛みを覚えた。腐食し血を流す其処を癒す術など知らない。
「…・マーカー、お前」
不意にコンコン、と遠慮がちに小さな音で二度叩かれた部屋の扉に視線を移す。
続く謇ったような声に一瞬だけ息を呑んだが、気がつけば口唇は薄い笑みを浮かべ、体液に濡れた身体を腰に残る鈍痛も忘れてギシリと起こしていた。
「隊長…・起きてます?あの、オレ。…えーと、入ってもいいッスか」
ドア越しに聞こえるまだ幼さが抜け切らない同僚の声に浮かべた笑みが深まる。
何も身に纏うことなく寝台から降りて絨毯を素足で踏み締め、太腿の内側を伝う身体の奥から零れ落ちた白濁もそのままにドアを見遣り…・振り向いて身体を横たえたままの上司を、見つめた。
彼の瞳は只楽しげな色を湛えて己を捉えている。
未だ、これは渡さない。
指一本の重さを乗せれば粉々に崩れ落ちてしまいそうな心の痛みもそのままに
絡む視線を、瞳を伏せるように遮り、ドアに向きなおり一歩踏み出した。
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