FAKER(ハレマカ)8


 何時もの無表情を取り払い、激痛に身悶えながらビクビクと震えるマーカーを楽しげに見下ろす隊長にペコリと頭を下げる。 もう、いい加減我慢の限界だ。
 自分の内の衝動に素直に従うことに決めた瞬間、今まで必死で押さえていた理性があっさりと弾けとんだ。
「隊長、すんません」
「はぁ?」
 何だ?とこちらを振り向いた隊長の頬を、渾身の力を篭めて張り倒した。
 自分でも、自分の行動が信じられない。が、実際殴った拳も鈍い痛みを感じている。
 これは紛れもない、現実だ。
 いきなりの行動に、驚愕に目を見開いてこちらを凝視するマーカーの顔もまともに見ることも出来ない。いや本来ならこの世で拝む最後の光景になるかもしれないのだから、しっかり見ておくべきなのだが。

 流石に自分程度の力では仰け反らせる程度だったが、殴られた拍子にどこか口内を噛み千切ったのかゆらりと体勢を立て直し、若干血が混じった唾をペッとシーツの上に吐き出した獅子舞の表情をこちらから窺うことは出来ない。
 長く伸ばした髪が俯いた顔を覆い隠し、自分への怒りを露にしているであろう表情を遮っているのは幸か不幸か。きっと、まともに見てしまったら心臓の弱い者ならばショック死するような表情を浮かべているのであろう。
 しかし、自分の行動に後悔はしていない。ガクガクと震える脚を心の中で叱咤しながら、この後すぐに自分の身に降りかかるであろう溜めなし眼魔砲を覚悟してグッと瞳を閉じる。
「・・・・ッ」

 ・・・・・・・・・・・・・が、しかし覚悟して閉じた瞳にいつまでたっても、あの網膜を焼くような青白い光を感じることは出来ず恐る恐る瞼をひらくと、乱れた髪をかきあげながら声を殺して笑う隊長の姿にへなへなと膝が崩れ落ちた。
「・・・クックック、そうきやがるか。俺の予想外突くたぁ、なかなかやるじゃねぇかロッド」
「はっ・・・・・・へ?」
 極限の緊張から一気に解き放たれ、まともに喋ることも出来ずに床に尻をついたままぽかんと寝台の上で胡座をかく隊長を見上げる。
 どうやら、よくわからないが問答無用に殺されるという最悪の事態だけは免れたらしい。
 同じく、彼の腕の中から解放され身体を小さく丸めて壁際に凭れ掛かっているマーカーも安堵の溜息を吐き、慌ててこちらの視線に気付き赤い顔できつく睨みつけてくる様子に小さく笑みを返した。
「テメェのせいでやる気が失せちまった。今日はもう帰るぜ」
 ベッドサイドのテーブルに置いてあった煙草を引き寄せ、大きく伸びをしてマーカーを軽く抱き寄せ、こちらに見せ付けるように頬に口唇を押し当てフン、と笑った後で寝台を降りる。
「マーカー、そいつに飽きたら俺がいつでも抱いてやっから、遠慮なく言え」
 煙草を一本引き出し口に咥え、紫煙を吐き出しながら不吉なことを言う獅子舞に顔を歪めたが、こちらに背を向けている彼には幸い気付かれていないようだ。
 ほっと肩の力を抜き、シーツを纏ったまましゃがみ込むマーカーに視線を戻せば何か言いたげな顔でこちらを見つめている。大丈夫か?と視線で問えば直ぐにそっぽを向かれてしまったが。


 兎に角、自決覚悟の自分の一撃はどういうわけか獅子舞の中で不問に処されたらしい。それでもやはり上司に手を上げた無礼は詫びておくべきだろう、と黙々と服を身に付け、支度を整えている隊長に向かって、頭を深々と下げた。

「隊長、その・・・すみませんでした」
 一瞬の沈黙の後で返ってきた言葉に戦慄が走る。
「・・・・・・・・・すみませんで済んだら、警察いらねぇよなァ?ロッド」
 クククク、とこちらに背中を向けたまま地獄の底から響いてくるような笑い声をあげる獅子舞に一気に室温が氷点下まで下がった錯覚に陥り、先程から力が抜けて自分の意のままにならない脚を嘆きながらずりずりと後ずさる。
 甘かった、この男が人並の慈悲を持っていると錯覚した自分が馬鹿だった。
「ぎゃ、ぎゃああああッッ、隊長、そんなーーー、マーカー、お前、見てねえで助けろッ」

 ゆっくりとこちらを振り返る隊長から逃げようと無駄な抵抗を試みるも虚しく、顔面に先程の自分が放った3倍の威力はあるだろう殴打をくらい、そのままズルズルとゴミ袋のようにマーカーの部屋から引き摺り出され・・・・・そこで意識が完全に途切れた。


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