FAKER(ハレマカ)5


-M-

「…ッ、冗談は止めてください

 逃げ道を塞ぐように目の前に立つ男の瞳を睨むように見上げ、その蒼い光の強さに気圧されながらも漸く紡ぐ事が出来た言葉は滑稽にも震えて今にも消え入りそうな弱さに塗れていた。
 冗談ではないこと位、その瞳を見れば分かる。それを敢えて戯れに逸らそうと試みたのは、自分自身にも何故だか理解することは出来なかったが。
 軍で生きる男達にとって、手近な部下や力を持たない存在を性欲処理に使うこと自体は特異な事ではない。だがそれとこれとでは話が別であり、自分達の隊長がまさか己にその役目を求める日が来るなど考えたこともなかった。


「冗談で普通ンなこと言うかァ?溜まってんだよ、少し位ケツ貸してくれたって減るもんじゃねぇだろ」
 どうせ初めてじゃねぇんだろ、と嘲笑う声に瞬間的にカッと熱が上がる。目の前にいるのが同僚のイタリア人ならば直ぐに消し炭に変えてやる程の勢いで炎を纏うところだが流石に上司相手にそれは不味い。
 それに、これ以上何時誰が通るか分からない通路でこの密着したままの体勢を保つことも望ましいことではないだろう。兎に角、この場を切り抜けなければと身を捩ったところで未だ耳元に寄せられたままの彼の口唇に、低い声を直接耳の中に注ぎ込まれた。
「お前、それともロッドの野郎に操でも立ててんのか?」
 それなら邪魔しちゃ悪ぃよな、と含み笑う上司の顔を感情を殺した顔で見上げているうちに、先程まで胸の中で燻っていた男に対する怒りが再び込み上げてくる。


 何が浮気して悪かっただ。奴が誰と寝ようがどんな吐き気がするような香りを纏わり付かせていようが自分には何も関係無いことだ。
そのような事で腹を立てるなど最初から筋違いであり、顔も知らない女に嫉妬するような女々しく愚かな自分ではない。
 問題なのは、其の後の奴の態度にある。
 何時までもしつこく無様に言い訳を繰り返し続け、全く見苦しいにも程がある。
 土下座して許しを請う程自分に対して後ろめたいと思うのならば最初からやらなければいいことを何故、繰り返すのだあの馬鹿者は。
 学習能力が鶏並に欠如しているのではないのだろうか。


「・・・お、おい。マーカー?どうした?」
 苦虫を噛み潰したような顔で両手をきつく握り締め、足元を睨みつけながら怒りに震える自分に、後ずさるように一歩下がって安全を確保した上で隊長が怪訝な顔をしながら覗き込んでいる。
 ハッと今目の前に在る存在があの不埒なイタリア人ではなく己の上司であることを思い出し、ゆっくりと顔を上げそして深海の色を湛えた彼の瞳を見つめながら口唇を開いた。
「・・・・分かりました。命令には従います」
 その言葉に、口元に笑みを浮かべた隊長に身体を解放され漸くその場から動くことを許された。
 もう、どうにでもなれ。不快な事が続いたせいで半ば自暴自棄になりながら、頭ひとつ分以上高い位置にある隊長の顔を見上げて、あくまでも事務的に問い掛ける。
「それでは、隊長の部屋にお伺いすれば宜しいでしょうか」
「いーや、お前んトコでいいだろ。俺はシーツ汚したまま寝るのは嫌だからな」
 朝まで共に過ごすつもりはない、只単に欲の捌け口に使うだけだと堂々と宣言され、少しばかり表情を曇らせた。
「・・・分かりました。」

 其の時複雑な表情で呟いた自分を、心底楽しそうに見下ろしていた上司には気付くことは出来なかったが。

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