FAKER(ハレマカ)1


-L-

 ガシャン、と派手に音を立てて倒れたテーブルと、そのテーブルの上に先程まで並んでいたコーヒーカップが元の形が何であったか分からない程に砕け散る音に、流石に無視を決め込む訳にもいかなくなり洗い物の手を止めて目の前の惨状を見渡し、ガクリと肩を落とした。

 なにやら言い争いのような声が聞こえてきた時から嫌な予感はしていたが、出来るなら杞憂で済ませたかった予感が現実のものとなり、それが自分のテリトリーであるキッチンで繰り広げられていることに益々憂鬱な気分になる。
 他所でやってくれ、他所で…と言いたいところだが一番最年少というだけで発言権が皆無な自分にはこの惨劇を止める術は無い。
 選択肢など最初からある筈もなく、嵐が過ぎるのをただ只管待つのみ、という甘んじて被害を受け入れるだけの、暴風雨の中の柳に徹しなければならない辛い立場である。
 シンクの陰にひっそりと身を隠しながら、同僚とはいえ自分よりも遥かに年上の先輩同士の喧嘩から目を逸らし、盛大に溜息をついた。

 ああ、お気に入りのド○ルドとデイ○ーが可愛らしく口付けを交わしているイラスト入りのマグカップが。
 キャンペーン中せっせとシールを集めて漸く手に入れた、どんな料理を盛り付けても見栄えがいい有能な白いお皿まで。
 形あるものはいつかは壊れる、そのような世の摂理は充分に理解している。
 が、しかしガシャン、ガシャンと断末魔の音をたて景気良く只の陶器の破片に姿を変えていく大切な食器達にいい加減涙も滲んできた。
 俺が一体何をしたって言うんだ、と頭を抱えて己の不遇を呪っても一向に嵐は治まる気配すらない。


「や、やめろってマーカー。な?俺が悪かった、悪かったから落ち着…ぐふッッ」
「五月蝿い、今日という今日は貴様にほとほと愛想が尽きた。死んで詫びるぐらいの誠意を見せたらどうだ」
 船内の狭いキッチン中を大きな図体を丸めて逃げ惑う男と、それを追う細身の中国人。この2人の口論自体は何時もとなんら代わりの無い光景なのだが、それがここまでエスカレートすることも珍しい。
 大抵、というよりもほぼ100%非は今目の前で悲鳴をあげながら髪に引火した炎を消し止めている男にあり、手加減を知らない中国人に何度燃やされても懲りずに繰り返されている訳なのだが・・。

 今日は一体何が原因なのだろうか、と気になるところではあるが、その疑問を2人にぶつける勇気は無い。
 それに、どうせ命懸けで質問するほどの大した理由ではないのだろう。
 はぁぁ。とまた一つ溜息をつき、頭を垂れたそのすぐ真上をロッドの風に巻き上げられた流れ弾が頭頂部の髪を掠め背後の棚に激突しバラバラと細かい硝子の屑に姿を変える。
 流石に今のは心臓に悪かった、と危うく顔面に激突するところだった食器らしきものを破片を見つめ胸を撫で下ろしたのも束の間、その正体を確認したところでサァッと血の気が引いた。

「たっ・・・たたた、隊長の灰皿・・・・」
 滅多に物に執着することが無い上司が唯一ずっと使い続けている灰皿は既に変わり果てた姿となりこの細かい硝子屑を元の状態に戻すことはどんな名職人に土下座をして頼んでも…不可能だろう。
 たとえこの灰皿を壊した原因が自分のせいではないと涙ながらに告げても、あの無慈悲な獅子舞は聞く耳をもたず、良くて三角木馬、最悪眼魔砲を超至近距離でくらわされる羽目になるのが関の山だ。
 殺される、と本能で察知し、しかしどうすることも出来ずに壁に縋りつきながら滝のように涙を流していると
「おいリキッド、こりゃ一体何の騒ぎなんだ?」
 背後から聞こえた紛れも無い、今自分がもっとも顔を合わせたくない存在の声に時間が凍りついた。

- 68 -


[*前] | [次#]
ページ:




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -