birthday(3)


 左手、薬指の付け根に小さな鎌鼬で刻まれた赤い傷跡。
 上皮を傷つけ、薄らと血を滲ませるそれが俄かには何であるか理解できずに固まったまま、再度奴の指が左手の薬指にそえられ、己の皮膚が切り裂かれるのを呆然と見守る。
 この、風に刻まれた紅い傷跡はもしかして。
「エンゲージリング」
 漸く一周することが出来た傷に、フウッと大きく息を吐き出しウィンクをしてみせる彼にガクリと力が抜けた。
 血を滲ませた「作品」を指先を動かしながら眺めると、痺れるような微かな痛みと共に紅い血が掌に鮮やかな筋を落とす。こんな、不吉なエンゲージリングなどきいたことがない。
「・・・・これで私の未来を縛ったつもりか?」
 満足そうに指の付け根に走る傷痕を眺める彼の鼻の先に指をつきつけ、フンと思い切りその先端を弾いてやると途端に餌を取り上げられた情け無い子犬のような顔をしてみせた。馬鹿者め。
 それに、第一エンゲージリングは一方的に贈られるものではない筈だ。
 この馬鹿げた痛みも、自分だけが強いられるなど胸糞悪い。そう思っても、残念ながら目の前の男のような器用に薄皮一枚を切り裂くことが出来る技など持ち合わせてはいない。
 愛用の青龍刀も自室に取りに戻らねばならない上に、あの素晴らしい切れ味で指先を切り落とさないように傷だけをつけるというのも案外難しそうな気がする。
 ならばこれが一番手早いだろうとロッドの左手を先程のおかえしとばかりに乱暴に引寄せ、節が目立つ指を躊躇いもなしに口膣の中に含み入れた。
「マーカー?」
 今度は奴が驚きに目を丸くする番に、いい気味だと瞳を細める。口内に含んだ左手の薬指をペロリと柔らかい舌で舐めまわし、そのまま喉の奥ギリギリの位置まで深く口唇を被せ、このあたりかと思い切り歯をたてた。
「痛ぇっ・・・・!」
 情け無い声を出すロッドはお構い無しに指の根元を噛み千切る程に歯を立て、少しだけずらした場所をまたきつく噛みしめる。
 我ながらまるで鼈のようだな、と内心ほくそ笑み、三度目のきつい噛み痕を刻み付けたところで漸く唾液でベタベタに濡れた指先を口の中から解放してやった。
 蝋燭の明かりに濡れた薬指の根元、先程己に刻まれた傷痕と同じぐらいの鮮やかな噛み痕に顔を顰めるロッドに、つい先程彼が紡いだ言葉を同じ口調で繰り返す。
「エンゲージリング」
 三度噛んだ歯型が綺麗に薬指の周りに腫れ痕を残したことに気を良くし、その痛々しい様相を見せる彼の指に己の薬指を添わせ、ぽかんと己を見詰めるイタリア人の膝に思い切りふてぶてしく腰かけてやった。
 ほら、私が刻んだ、後戻りすることを許さない無慈悲な永遠の愛とやらを象徴する鎖の方がはっきりと目立つ。
 その緋色を比べるように指を並べ、どちらからともなくかみ殺すような小さな笑い声をあげた。


「3日で消えるな、こりゃ」
 当たり前だ、貴様などに未来を雁字搦めにされてたまるか。
「まあいいか、薄くなったらまた俺が愛情篭めて刻んでやるし」
 冗談も休み休み言え、そう何度も好きにさせるわけがなかろうと背後に感じる柔らかな金色の髪を鷲掴みに引寄せ半ば無理矢理に奴の顔をこちらに向かせる。
「愛してる、マーカー。これからずっと先も、ずっと・・・」
 もう痛みなど感じなくなった互いの左手の薬指を絡ませ、アルコールに火照った体温を触れ合った部分で分け合うように隙間無く密着させる。
「死が、二人を別つまで」
 口唇が重ね合わされる寸前に囁かれた言葉に噴き出しそうになった。
 欲張りにも程がある、身の程知らずの馬鹿な犬め。
 しかし口唇から、繋いだ手から流れ込み身の内で燻る熱に邪魔をされ、仕置きをすることはとりあえず後廻しに先ずはこちらが先だと互いの身体に回した手にグッと力を篭めた。
 未来など必要がないとずっと思い続けていた己に、生まれて初めて明日の約束をくれたこの馬鹿に、今夜だけは甘い夢を見せてやろう。

 共に泡沫の儚い夢に酔い痴れるのも、こんな夜ならば悪くは無い。
 
 fin
 

- 25 -


[*前] | [次#]
ページ:




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -