birthday(2)


「物なんかいらねえよ、俺すぐ無くすから」
 基本的に自分も、彼も、物には執着するタイプではない。
 長い時間をかけて造り上げてきたものを一瞬のうちに灰に変えることを物心ついた頃から稼業としてきたせいなのかもしれない。
 ならば一体何が望みなんだ、と訊ねようかと薄い口唇を開きかけた刹那。
「お前が欲しい、お前の今と、未来全部」
 ほう、と戯れのように奴の顎を撫で上げていた手を止め、こちらに笑みを浮かべながら挑むような視線を投げつけてくる犬に視線を絡ませる。
 これは、なかなか予測の範疇外だ。
「随分と強欲な物乞いだな」
「イイんだよ、誕生日なんだから」
 今日は俺が王様なのヨ、と片眉を吊り上げエヘンと様にならない咳払いをしてみせる男に自然に笑みが浮かんだ。
 そうか、それならば仕方がない。
 夢の中、霞で出来た足元に立ち尽くすような、夢と現実の狭間にも似たこの琥珀色の時間を共に過ごす間だけ酔狂なかりそめの王様遊戯に付き合うのも悪くない、と腕を未だ捕られたまま彼の前に跪く。
「今の私が欲しいならば勝手に抱けばいい。だが、未来の私はどうやって手に入れるつもりだ?」
 低い位置から舐るように見上げれば、まさか興に乗って貰えるとは思わなかったのか、一瞬意外そうに大きな翡翠色の瞳を丸くした後で思案するようにンー、と唸ってみせる可愛い子犬に浮かべた笑みが深くなる。
 人の心など移ろい易いもの。
 未来永劫繋ぎ止められる手段などありやしないことを知っていて尚、世の愚かな恋人達は何故永遠の愛情など誓いたがるのだろうか。馬鹿馬鹿しい。
 そして、今目の前で首を傾げながらその馬鹿馬鹿しい証明を提示する為にウンウンと唸っている愚かな子犬に腹を抱えて笑いたいぐらいだ。
 諦めて情け無い顔を晒し、降参すれば少なくとも今の己ぐらいは手にすることを許してやろうか、とワインに濡れた自分の口唇をペロリと見せ付けるように舐め上げ、猫科の動物のようなしなやかさで奴の顔を窺い見ると、
突然それまで目の前で途方にくれた表情をしていた彼がニッと何やら思いついたように眉尻を吊り上げてみせた。


「・・・・・?」
 パッと花が咲いたような顔をしたかと思えば自分を押し退け突然椅子から立ち上がり、寝台の傍らにある全く普段使っている形跡の見られない仕事机の引き出しに駆け寄り家捜しをするように乱暴に開けたり、閉めたりを繰り返し始める。
「マジック・・・油性マジック、・・・・」
 唐突な行動に面食らい、黙って机をかきまわし続けるロッドを眺めていたがそう時間をおかずに、叫ばれた「無い!」という悲痛な声でその騒音は終わりを告げた。
 一体何だというのだ。
 屈み込み、呆然とする自分の傍らまでのしのしと戻ってきて、ドカッと再び椅子に仰け反るように腰掛けるロッドを怪訝な目で見上げてしまう。
 一体、彼は何がしたかったというのだろうか。
 大概、酔っ払いの行動に意味を求める方が馬鹿なことは分かっているがそれにしても気にかかる。
 問うべきか、それとも流すべきか心の中で二者択一に悩みながらぼんやり奴を見上げていると、またしても不意打ちで手首を掴まれ今度は思い切り強く引寄せられた。
「なっ・・・・・・」
 いきなりのそれにバランスを崩し、咄嗟に椅子に座る彼の膝に片手をつくことで漸く身体を支えることが出来た。
「しゃあない、ペンがねぇならこれしかねぇか」
 ちょっとだけ我慢してろよ、の潜められた声に頭の中がますます疑問符で一杯になる。
 何を、我慢すればいいというのか。全く、この男の話す言葉は要領を得ずに困ると肩を落とした瞬間に指の付け根にチクリとした痛みを感じ、反射的に片目をきつく瞑った。
「・・・・ッ・・!」
 痛覚が辛うじてそれが痛みだと認識できる程度の、浅く刻まれる傷跡の感覚。
 チクリチクリと何度も繰り返し突き刺さるその感触に一体何事かと彼の手に捕らわれ、包まれている己の左手を覗きこむ。

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