birthday(1)


 二人の間に在る空間を、その柔らかな薄明かりで埋めるように灯された蝋燭の灯火に、目元が薄っすらと赤く染まった翡翠の瞳が細められる。
 丸いその小さな炎の中に、まるで幼い頃の思い出を見ているような優しい視線で細められた碧色の瞳を口唇にワイングラスを寄せたままじっと見詰めていると、
こちらの眼差しに気付いたように炎から視線が上げられ、何時ものあの笑顔が向けられた。
 普段ならその緩みきった顔、唾を吐き捨てたい衝動を煽るような表情に厭味の一つでもぶつけてやるのが常なのだが、流石に今夜は大目に見てやるかと溜息をつくだけで遣り過ごす。
 生まれ落ちた日の何が嬉しいものか。先程から、いや今朝目が覚めた時から終始ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべ続けている御目出度い頭のイタリア人が少しばかり羨ましくもなる。
 こんなつまらないことで幸福を感じることが出来るなんて、凡そ己には理解出来ない幸せな思考回路を持っているのだろう。
 その上リキッド坊やまでたかが誕生日如きで異常な程にはりきり、この馬鹿に振舞った洋菓子の甘さが口の中に残ってひどく気分が悪い。
 その何時までも口内に絡み付く不快な甘味を消すために、ロッドの部屋までわざわざ出向いて共にワイングラスを傾けてやっているのだ。
 そう、決して絆された訳ではない。
 祝ってやる気も、更々無い。
 それなのに何を勘違いしているのだろうか、幸せの絶頂のような顔で安物のぬるいワインを水でも飲むように次々と空けていくこの男は
 

 不満を隠さずに露にする自分に気付いているのか、いないのか。
 いい加減、締まりの無い顔をつまみにアルコールを黙々と摂取することにも飽きてきた。
 これ以上長居は無用か、と空になったグラスをテーブルに戻し、席を立とうとしたところでヌッと伸ばされた腕に手首をつかまれ、引き止められる。
 ガタリ、と引き寄せられた時に腰がぶつかったテーブルが小さな音をたて、何のつもりだと無言のまま奴の瞳を覗き込むと、依然として例の笑みを湛えたままでこちらの次の出方をじっと待つように構えている余裕気な表情が
ひどく気に障った。
 まるで観察されているような居心地の悪さに眉を顰め振り払ってやろうかと手首を返せば、それと同じだけの力を同じ方向に加えられ結局元に戻ることの繰り返し。
 幼子の手遊びではあるまいし、いい加減離せと些か乱暴に振り払おうとすると、こちらをじっと見上げる瞳が幾分か体内に取り込んだアルコールのせいで潤んでいることに気付き、子犬の戯れ相手にむきになる自分が急に馬鹿らしく思えてきた。
 物欲しそうな、真っ直ぐに向けられた瞳。
 蝋燭の小さな炎がゆらゆらと燻る度に深い碧の瞳に落とされる翳が揺らめく様子はまるで陽炎のようだ。
 舌を出し、尻尾を振って、己を仰ぐ金色の子犬。


「マーカー、プレゼント欲しい」
「・・・物乞いか」
 半ばどういう展開になるかは読めていたが、こう直接的に乞われるとどうも怒りを通り越して呆れてしまう。
 あんまりな言い方だ、と不恰好な泣き真似をしてみせた後に悪戯小僧のようにペロリと舌を出してまあ、それでもいいかとあっさり認める切り替えの早さに閉口する。
 奴の母国では貧富の差が驚く程に激しく、ごく当たり前のように大通りの道端には物乞いがずらりと並んでいると聞いたことがあるが、実際奴のような鬱陶しい男が数人がかりでたかりに来たら、間違いなく端から炎で一掃したくなるに違いない。
 この男も骨も残さず焼いてやろうか、と掴まれている腕とは反対の手を伸ばし、長く爪を伸ばした指先で形の良い顎から喉にかけてスウッと撫でてやると気持ちよさそうに首をそらされ、甘い溜息まで吐かれてしまった。
「生憎貴様にくれてやれるものなど、何も無い」
 このまま擽り続けてやればゴロゴロと喉を鳴らしそうな程気持ちよさそうに細められた瞳を見下ろしながら犬猫にするように指先での愛撫を続ける。
 無防備なことだ、すっかり飼い主を信用しきっている馬鹿犬のように、己の弱点を曝け出し、尚且つ触れさせていながら微塵も警戒しようとしない。
 クーラーなど無い蒸し暑い部屋の中、指先で辿る肌がしっとりと汗ばむ感触があの時の指先の記憶を呼び起こし、どうやらいつの間にかこの不快な熱気とたちこめるアルコールの匂いに己も中てられてしまったようだ。

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