king of my world(3)


 何だ?何を、言っているんだこいつは。唖然としたまま、瞳を閉じてハァハァと荒く息を吐くマーカーを呆けたように見下ろしていると、苛立った声色で告げられた。
「何をしている、さっさと行け。私が走れんのは見て分かるだろうが。精々貴様は長生きするんだな」
 失血で目が霞むのか、血に濡れた掌でゴシゴシと目元を擦りながら未だ動けない自分に向かい何時もの皮肉気な笑みではない、驚く程に綺麗な笑顔を一瞬だけ向けスゥ、と瞳を閉じた。
「踏ん切りがつかないのならば、丁度いい。失血死するまでの時間が無駄だ、私の首でも断ち切ってからいけ。残念ながら私の炎は自分を焼くことは出来んからな」


 戦場で足手纏いになる者は切り捨てろ、と促すマーカーの言葉にも目の前の現実に立ち竦んだままの脚が言うことを聞いてくれない。
 確かに、走ることが出来ない者を連れては逃げ切れる確率が限りなくゼロに近づくことは分かっている。
 だが、そう簡単に割り切って見捨てる事が出来るものではないだろう。
 決断に迷い、受け取ってから手の中に握り締めたままのマーカーの認識票に視線を移した時あの時感じた違和感の正体に漸く気付いた。


「・・・これ、1枚だけか?」
 目の前で荒い呼吸を繰り返しているマーカーの首にはチェーンが残っているだけで、肝心のもう一枚の認識票が無い。一緒に引き千切った訳でもなく、最初から存在していないのだ。
 普通認識票は全く同じものが二枚一組になっていて、片方は上官への戦死報告用に。もう片方は死体回収用の目印に残しておくものなのだが、自分達の認識票には生きていた証を遺す
もう一枚の金属板が最初からついていないことにこの時初めて気がついた。
 その言葉に薄く瞳を開いたマーカーが、何を今更といった顔で小さく笑ってみせる。
「特戦部隊が出向く任務は軍の機密扱いだからな、死んでも死体は回収される事など無い。
無論記録にも残らん。」
 だから、必要が無いのだと告げ、天の涙と共に地面に吸われ続ける血液にいい加減意識が朦朧としてきたのか力なく瞳を伏せ、ガクリと深く頭を垂れた。
 このまま踵を返して立ち去れば、きっと数刻もせずに息絶えるだろう。
 出会ってからそう長い付き合いではない同僚に、其の時感じた感情の正体を知ることは叶わなかったが次の瞬間自分の爪先が踏み出した方向は蹲る彼が居る方向と同じだった。



「なっ、・・・馬鹿な。下ろせ、貴様正気か?」
 手放しかけていた意識を無理矢理に引き戻され、狼狽する彼にはお構いなしに背負い上げる。
 自分よりも遥かに細身とはいえ、疲れきった足腰で男を背負うのは随分と骨をおるものだ。
 出血のせいでぬるぬると滑る腕をしっかり組み合わせ、再び歩き出した自分の背で暴れる彼に怒鳴りつけてやる。
「うるっせえよ、舌噛みたくなかったら黙ってろ死にぞこない」
 汗ではりつく前髪を首を振って振り払い、前方だけを睨みつけて駆ける。追い風の助力を受けているとはいえ、一瞬でも気を抜いたらこのまま躓いて地面にスライディングすることは必至。
そんな情けない姿を晒すのは御免だ。
 だから、少しでいいから黙っていてくれ・・との祈りも虚しく先程から背中で重傷を負いながらも大暴れし続ける同僚は少しも自分を気遣ってくれる様子はない。
 折角一度助けると決めたのだ、途中で放り出す訳にはいかないと半ば意地になって暴れる身体を腰にまわした腕で押さえ付けながら、スピードを落とすことなく走り続ける。
 自分の勘が確かならば、程なくして船にたどり着ける筈だ。

 ハッハッと荒く息をつきながら背後を窺えば、漸く大人しくなったマーカーに静かな声で問われた。

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