king of my world(2)


「視界超不良、気分超最悪、おまけにこっちの手の内は全部敵さんに筒抜けと来たもんだ。ここまで来ると、もう笑うしかねぇなッ」
「五月蝿い、無駄口ばかり叩く無能な屑は弾除けに使うぞ」
 敗走、と表現するのが一番相応しいのかもしれない。
 泣く子も黙るガンマ団特戦部隊が何てザマだと自嘲気味にぼやいた言葉はすぐ傍らを走る同僚に一蹴にされた。
 土砂降りの雨に視界を遮られ、果たして自分達が走っている方向が正しいのかすら分からない状況でそれでも只管走り続ける。
 一体どこから情報が漏れたのか、どこまで相手がこちらの動きを把握しているのか前線で戦う自分達には分からないが、兎に角あの男の元へ辿り着くことが出来れば、きっと大丈夫だ、なんとかなるという確信が有る。
 しかし、あちらこちらから立ち上る噴煙だけでなく刻々と体温を奪う雨にも行く手を遮られ、思うように駆け抜けることが出来ない現状に苛立ち口唇を噛む。
 ガンマ団員の首を取れる、このまたとない機会に手柄を立てようと、追ってくる大勢の敵兵の目を誤魔化しながら走る自分のすぐ傍らで、何時もどおりの無表情に少しだけ焦りの色を浮かべている同僚を横目で見遣った。


 如何なる時にも沈着冷静がうりの彼も、流石にこの状況には精神的疲労を感じているらしい。
「っしゃ、多分もう少しだ。ヘバんなよマーカー」
 自分の脚も、もう既に感覚が麻痺している。本当ならば少し休憩をとって態勢を整え直したいところだが戦況は残念ながらその余裕を与えてはくれそうにもない。
 同僚を励ますように明るく振る舞い、レザースーツに包まれたその小さな尻をポンと叩いてみれば、きつく睨まれお返しに鳩尾に肘打ちをくらった。
「ってぇぇッ」
 一瞬息がつまり、それでも走るスピードを緩めずに上体を屈めて痛みに耐えれば、こちらを憮然とした表情で冷たく睨みつけながら声に出さず口唇の動きだけで馬鹿者、と罵られる。
 もうすっかり慣れたそのつれない仕草に情けない笑いを浮かべ、さてもう一息頑張るかと先程から大して代わり映えのしない眼前に視線を戻した刹那。



「・・・・・・ッ!」
 突然すぐ隣で響いた爆音と閃光に、反射的に両腕で頭を覆った。
 其れ程大きな爆発でもなかったが、硝煙をあげて燻る煙に視界を遮られゲホゲホと咳き込みながら身体に降りかかる鉄の破片や石を蹲って遣り過ごす。
 奇襲か、と身構えたが周りに人が居る気配は無い、おそらくこれは。
「・・・地雷か。奴らも随分と用意周到なことだな」
 小さく笑い声をあげるマーカーに急いで振り返ると、未だ晴れない視界の中に屈み込む彼の姿を見止めた。そして跳ね起きるように上体を起こし、駆け寄って目にした光景に息を呑む。
 片脚を庇うようにそえられた手が退けられ、見せられた脚は雨に流されながらも湧き出る赤黒い血に濡れて肉が抉れ、ほんの少しだが白い骨が露出してしまっている。
 何とか直撃は遣り過したらしいが、これでは走ることはおろか立ち上がることすら出来ないだろう。


 対人地雷が持つ殺傷能力はきわめて低い。兵士の命を奪うものではなく、下半身を負傷させ敵兵の戦力と士気を削ぐことが目的で作られたものだからだ。
 ゴクリと喉を鳴らす自分をマーカーが瞳を細めて見上げ、己の脚の具合は自分が一番分かっていると血を流し続ける傷から目を離し雨に濡れた鴉の羽のような艶を纏った黒髪をかきあげて溜息をついた。
 そして首にかけていた鎖からドッグタグを引き千切り、こちらに向かって無造作に投げて寄越す。
「面倒臭いだろうが、報告義務は怠るなよ」
 そう一言だけ呟き、行けとまるで犬を追い払うように手で自分を追いやる。


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