sugar boy(1)


 太陽が未だ完全に昇りきっていない、午前中の早い時間…といっても流石南国の孤島、陽射しは茹だる程に暑く、くっきりと濃い木の影を落とした地面からは陽炎すら立ち昇って見える。
 抜けるような青い空に目に鮮やかな白い雲、きっと今日も一日いい天気が続くのだろうと朝食の支度も仕上げにかかったところでリキッドは目を擦りながら顔を洗う無邪気な子供達の名前を大声で呼んだ。

「おーい、パプワ、チャッピー、ロタロー。メシが冷めちまうぞー」
 ガンガンとフライパンの裏側をお玉で叩きながら呼ぶと、寝惚け眼のまま欠伸まじりの声で「おはよう家政夫」と目上の者に対しては少々問題有りの挨拶が返ってくるが、その生意気で可愛らしい子供達との生活にも幸せを感じるようになって早数ヶ月。
 最初の頃のロタローが記憶を取り戻してしまわないように内心ビクビクしながら接していた距離も何時の間にか縮まり、今では本当の家族のように打ち解けあえていることに充足感すら感じている。
 温かい家庭の団欒を知らなかったロタローが忌まわしい過去の記憶と引き換えにこんなに無邪気で屈託の無い笑顔を取り戻すことが出来たのだ、いつまでもこの幸せが続くとは思わないが、
今はそれで良いではないか。
 喩えこの幸せが神様が与えてくれた束の間のものだとしても。
「家政夫〜、僕おなかペコペコだよ。はやく御飯の用意してよ」
「めーし、メシ!」
「ワォン」
 三者三様の可愛らしい声で食事をねだられ、やれやれという表情を作りながらせっせと甲斐甲斐しく食卓を朝から沢山の料理で埋めてしまう自分も甘いな、とは思うが子供のうちはしっかり栄養をとっておいて間違いはないだろう。
 よく食べ、よく遊び、よく眠る。
 自分の作った料理を満面の笑顔で頬張る子供達を見ていると、自然にこちらまで優しい気持ちになってくるのが不思議なものだ。
「ほーら、ちゃんとよく噛んで食べるんだぞ。」
 口いっぱいに食べ物を入れながら今日は何をして遊ぼうか、と楽しそうに話し合う楽園の小さな王様達の話に耳を傾けながら、自分も味噌汁の椀を口元に運んだ矢先。


「ちゃん!俺、俺!!開けろコラ、俺様のお越しだぜぇ〜」
 ドンドンと壊れそうなほど乱暴かつ無遠慮にドアを叩く音に眉間に皺を寄せた。
 頑丈とは言い難い木製のドアが、ノックされる度に軋み蝶番が外れそうな程ガタガタと揺れる。
 こんな乱暴な挨拶をかます島の住人は、記憶の中を総ざらいしても2人しか見当がつかない。
「家政夫、お客さんみたいだよ」
 五月蝿い音をさっさと止めてよ、と不満を露にして責めるように自分を見上げるちみっこ達の視線に渋々持っていた食器を置いて立ち上がり、ドアの隙間から外を窺った。


「オラ、早くあけろっつの。俺、俺だ俺。ちゃん、おーい!」
 ドアの隙間から流れ込む煙草の臭いに聞き慣れた濁声、そしてチラリチラリと見え隠れする鮮やかな金髪に消去法でドアの外に立っている人物は必然的に一人に絞られた。
 どちらにしても朝一番に、顔をあわせたい人物ではないことには変わらない。やはりここは無視を貫き出来れば帰って貰いたい、と自分の中で結論付け、ウン、と深く頷いてから
スタスタと食卓の自分の席に戻り、何事もなかったように箸をとった。
「よくある、ただのオレオレ詐欺です。良い子はドアを開けちゃいけませんよ」
「なぁーんだ、朝っぱらから人騒がせな来客だね。家政夫、おかわり」
 ロタローから小さな茶碗を受け取り、杓文字を片手にお櫃のふたをあけたところで迷惑な来訪者がドアを叩く力が一層強くなったのを、断末魔の悲鳴をあげる扉の音で知った。
 このままではあと2、3分もしないうちに随分と風通しの良い家になってしまうだろう。幾ら暑いとはいっても、ドアを叩き壊されては堪らない。
 通常の家事に加えて日曜大工まで予定に割り込まれては、自分の時間をとることが難しくなってしまうだろう、と仕方なしに再びドアに歩み寄り、ゴクリと唾を呑み込んでから既に壊れかけた鍵をはずした。


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