Yes(2)


 踏み台に乗らなければ判別がつかないような小さな文字で天井に描かれたYes。
 彼女は、あやうい足取りで梯子に足をかけ備え付けのルーペ越しにそれ、即ち自分の作品を覗きこんだ男のその後の人生に多大な影響を与え、互いに唯一無二の相手を見つけた稀代のアーティスト同士の恋の幕引きは
随分と哀しく呆気ないものだったように記憶している。


「俺を認めてよ」

「下らない」
 認めたら楽になる、と翡翠色の垂れ目を細めて甘い毒のような言葉を囁く男の口唇を塞ぐ。
「マーカーの中に在る俺への感情を」
「下らない、黙れ」
 塞いだ端から零れる言の葉を追って飲み込むように幾度も角度をかえながら。
「いい加減、認めろよ」
「誰が、貴様などに」
 投降するものか。
 息が続く限り貪った口唇を漸く開放してやれば酷く穏やかな笑みを浮かべてこちらを見上げるロッドの瞳と視線がぶつかった。
「貴様の全てを否定し続けてやる」
 ガウ、と獅子の咆哮を真似て高い鼻梁に噛みついてやればやめろと先を促すかのように聞こえる形ばかりの制止の言葉を紡がれる。
 其の侭己を抱き止める男の背を、体重をかけて押し倒すようにソファに埋め喉元に牙を突き立てた。
 獅子の獲物なら血飛沫があがるところだろうが、己の眼前に映るそれは白い肌に紅く残る噛み痕に限りなく似た所有印。
 その血のような紅色に満足感を覚え、舌先で執拗に舐める己の頭に掌が被さり。
「認めちまえよ」


 未だ続く言葉を遮る為に、もう一度口唇を寄せた。

-------------------------------

Ceiling Painting (YES Painting), Yoko Ono, 1966


- 17 -


[*前] | [次#]
ページ:




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -