precious(9)


「起きたか」
 不自然な体勢で睡眠をとっていたことに疲れが出たのか、ゴキゴキと音をたてて首を鳴らすマーカーにゴクリと唾を飲み込んでから恐る恐る口を開く。
「お・・・お前が看病してくれたのか?」
 その言葉にマーカーが冷めた瞳でチラリと一瞥した後、腰をあげベッドに近づき投げ出されたタオルを身を屈めて拾い上げた。
「私で悪かったな。不満があるなら後で聞いてやる」
 可愛らしさの欠片も無い言い草に、眉が八の字を描く。違う、自分が言いたいのはそんなことではなくて・・・。
「そ、そういえばあのガキどうしたんだよ」
 そう、兎に角本題は先ずこちらだ。
 タオルをバケツにはった水に浸し、おざなりに絞りベッドの傍らに戻ってきたマーカーの腕を掴んで食って掛かるように問い掛ける。
 その勢いに一瞬訝しげな顔をした後、フンと小さく嘲笑い馬鹿にしたような口調で続けた。
「・・・・・殺してやろうかと思ったが、余計な邪魔が入ってな」
「邪魔?」
 事の顛末の説明を求めるには、彼の言い方では不明瞭な部分ばかりだったが どうやらあの少年の命が助かったことだけは分かり、とりあえず安堵の溜息を吐く。
「予定外の余計な荷物で両手が塞がってしまったからな。・・・・・残念ながら貴様を抱えたままでは炎の制御が上手くいかん」
 それは嘘だ、と直感的に思った。
 この鳳凰の化身のような男ならば、例え両手をもがれたとしても辺り一面を炎に包むことなど容易いことだろう。
「貴様もミッション中に余計な荷物ばかり持ち歩くな、重くてかなわん。私が邪魔だと判断したものは全てあの小僧にくれてやった」
 引き摺って帰るには重すぎて邪魔だったから、という理由で自分が所持していたナイフ、地図、マッチ。それから子供ならば数日分は持つであろう戦闘糧食を全てあの場に捨ててきたと腹立たしげに告げるマーカーに、笑みが零れる。
 あの少年に生きる意志があり、そして運に見放されなければ地図を頼りに、隣の国まで
辿り付くことも可能だろう。

「・・・なんだニヤニヤと。気持ちが悪い」
 汚物を見るような目でこちらを見るマーカーにうんにゃと笑みを深くし、大きく伸びをしてすっかり日の暮れた窓の外を眺めた。
 相変らず雨はやまない。宗教と政治が密接だったこの国を滅ぼしたことによる天の嘆きは予想外に深いらしい。

「なぁ、あのガキ強くなっかな」
 同僚の返事を期待せず独り言のように窓の外に視線を巡らせたまま呟くと、すぐ近くから静かに答えが返ってきた。
「さあな。だが私がいくら蹴飛ばしても、倒れたお前に泣きながら縋って来たから根性だけは認めてもいい」
 ギシリと寝台が軋む音と、傍らに頭ひとつ分小さい影が腰掛ける気配を感じる。
「・・・・・・・鬼」
 マーカーの辞書に手加減という文字は最初から存在しない。
 きっと彼が言う様に、あの少年はサッカーボールよろしく何度も蹴り倒されたんだろうな、とこの寒空の下どこかに生きている小さな命に同情した。

「五月蝿い。貴様も早く熱を下げろ。明日の朝にはここを発つ予定だからな」
 目の前に流れる、癖のない漆黒の髪がサラリと動き、こちらを見上げる切れ長の瞳がこれ以上の御喋りは無用とばかりに猫の様にスッと細められる。
 そのまま汗でびっしょりになった胸板をトンと押され、押し倒されるように上体を寝台に倒された。
 ベッドに横たわる自分と、のしかかるように密着したマーカーの身体に熱を下げるどころか下手をすれば際限なく上がってしまいそうだ。
 このままあわよくば、と細い腰に腕を廻そうとモゾモゾ体を動かすと
「とりあえずお前の予定は、明日の朝一番に隊長のありがたい説教だ。精々今回の失態を詫びる言葉でも徹夜で考えるんだな」
 ゾッとするような綺麗な笑顔で囁かれた言葉に時間が止まった。

「マ、マーカ〜ッ!」
「知るか。減給程度で済めばいいがな。最悪、タダ働きも有り得る」
 クックックと楽しげに笑う同僚はスルリと不埒な腕をすり抜け、彼がずっと片手に握りっぱなしだった濡れタオルを勢い良くこちらの顔面に投げつけて部屋を出て行った。

 後に残されたのは非情な運命に倒れ伏す自分と、呼吸を止める勢いで顔の上に乗せられたひんやりと冷たいタオルのみ。
 やっぱり、今日はついてねぇと瞳を閉じて、疲れきった身体を包む心地よい睡魔に身を任せずり落ちたタオルを額の上に乗せた。

 明日のことはとりあえず、明日考えればいい。
 多分そんなに悪いことにはならないだろう、と持ち前の楽観的な性格で割り切り、眠りに落ちていった。




 そう遠くない未来
 あの少年と感動の再会をはたしたときに 自分は一体彼に何と声をかけるんだろう

 『よ〜お 久しぶりだなぁ、 元気だったか?
  さあ、よく狙えよ ここが心臓だ。当たれば俺が死ぬ、外したらお前の首が吹っ飛ぶ。
  最高にスリル溢れるゲームだろ?

  おっと、神様に祈ることはやめておけよ。ヤツらはいつでも強い者の味方なんだ』




 さあ、坊やはどれだけ強くなったんだい?

end

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