precious(8)


『・・・・・・・・・で、えー・・時間は予定の8時間40分を10時間と24分オーバーして19時間4分に
全作戦完了です。戦果は予定どおり、まずA地区が・・・・』
『ちょっと待ったリキッド。10時間24分の無駄叩き出しやがったヤツぁどこに逃げやがった?』
『え、あ・・はい。ついさっき、捜索に出たマーカーが背負って帰ってきたんで今頃はバーベキューになってる頃だと思います』
『?背負って、だぁ?』
『なんか俺もよくわかんないんスけど、どうやら風邪ひいたらしいッスよ』


『・・・・・・・・・・  おいリキッド、報告書に「馬鹿は風邪ひかねえって言うのは迷信だった」って赤鉛筆で付け加えとけ』
『いやッスよ、総帥に提出したら俺が怒られますって』
『あ〜ん?テメェ上司に口答えするたァ いい度胸じゃねぇか』
                             




 白い天井
 飾り気のない壁
 身体の重みを受け止める硬い寝台
 
 ここはもしかしたら天国なのだろうか?と霞む意識の中で己に問うが、その可能性をあっさり打ち消すように頭の脇に転がっているティッシュボックスの箱を横目で確認する。
 蜃気楼の中をふらふらと歩いていくような霞んだ視界にかかった靄がだんだんと晴れ、ようやく薄く開いた目に映る景色が何時も見慣れた己の自室だということを認め、重い瞼をあげた。

 後頭部に錘をつけられているかのように、頭が覚醒しても身体を起こすことが出来ない。
 無理をして起き上がろうかと思ったが、ひどく億劫なその動作を続けることが出来ず再び全身の力を抜いて重力に抱かれるままに重い身体をシーツの海に沈め、大きく息を吐き出した。
 体内に篭った熱を放出するようにハアア、と大きく深呼吸を繰り返しチクチクと針で刺すように痛む喉に顔を顰める。

 これはもしかして、もしかしなくても。

 倦怠感にコロンと寝返りをうつと、今まで気がつかなかったが額に乗っていたらしい湿り気を帯びたタオルが枕に放り出された。
 指先で引き寄せてみれば代えたばかりのものらしく、まだ充分に湿っているが残念ながら放熱にあてられ冷たさはまるで残ってはいなかったが。
 やはりこういった気の利くことをしてくれるのはGかねぇ、と厳つい外見に似合わない非常に家庭的な一面をもっているドイツ人に心の中で感謝し、ぼんやりと焦点の定まらない瞳を散らかった部屋の中に彷徨わせる。
 そしていつもとかわらない景色を辿る視線が、ある一点でピタリととまった。
 あまりの信じられない光景に、サァァと血の気がひく音すら聞こえる気がする。

 日常的な何時も通りの居住空間で、唯一非日常を醸し出しているもの。
 椅子に腰掛け、窓枠に寄りかかったまま瞳を閉じて睡魔に身を任せている人物に、強制的にまどろみの中から現実に引き戻された。
 長い睫が白い肌に昏く陰を落とし、規則正しい寝息がスウ、と繰りかえされる彼の顔を身動き出来ないまま凝視する。
 何故、彼が自分の部屋に。
 ストレートに頭の中を占めた疑問を何度も繰り返し、そして数時間前の彼と自分とのやり取りを脳裏に蘇らせた。
 そうだ、確か自分はマーカーと対峙していた最中にいきなり気が遠くなって、そのまま・・・
 
 そこまで思い出したところで、先程悩まされた気だるさを振り払うようにガバリと勢い良く上体を起こした。
 急に身体を起こしたせいで頭がクラクラしたが、そんなことはどうでもいい。
 バサリと大きな音をたててシーツが捲れる音に、椅子に身体を預けていたマーカーの瞳がゆっくり開かれた。
 不機嫌そうに2、3度瞬きを繰り返し、上体を起こしたままハァハァと荒く息をつくこちらにゆらりと視線を向ける。

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