precious(6)
世の中に絶対的な正義が無いように
己が良かれと思い為した行為が必ずしも相手にとって最良の結果を生むとは限らない。
そんなことはそう長くも無い人生を生きてきた中でも100も承知で、しかし人が何度も繰り返す血みどろの歴史から平和の尊さを学ぶことが出来ないように、自分もまた知らぬうちに過ちを繰り返しているのかもしれない。
自分は決して融通の利かない単純馬鹿、失礼ながら名指しで言ってしまえばリキッド坊やのような猪突猛進タイプではない。
しかし一度己の中で確立したものを貫くことにかけては仲間の誰にも負けない意固地な一面も持っている。
価値観が全く違う相手と同じ目線で話をするということが、こんなに困難なこととは今まで思いもしなかった。
もともと他人の価値観などというものは自分の知るところではなく、己は己、他人は他人と割り切り完全に切り離して考える冷めた考えの持ち主でもある。
まさか、こんな場所で互いの価値観が対極にあるといってもいい男と本気で言い争うことになるとは思わなかったな、と至近距離で睨み上げてくる黒真珠の瞳を見下ろし 今日はとことんついていないと心の中で盛大に溜息を吐き出した。
黙って睨みあっているうちに知らず知らずのうちに細い手首を捉えた手に力が篭ってしまったらしい。真っ直ぐに睨みつけてくる瞳が痛みに耐えるように顰められるのを見て取り慌てて拘束を緩めた。
「悪い、大丈夫か?」
咄嗟に声をかけると、お返しとばかりに手首を掴み返され、一点に力をこめて捻られる。
「でぇっ!!」
目の前がチカチカ霞むほどの激痛に大声をあげ、耐え難い痛みにあとずさる自分をざまぁみろとでもいうように細い切れ長の瞳が一瞥した。
腕力が無い癖に接近戦でも負け知らずなこの男は、人体に散らばるツボとやらに随分と精通しているらしい。
実際に手合わせをするまでは胡散臭い東洋医学特有の、迷信じみた咒のようなものだろうと内心馬鹿にしていたがこれがなかなか厄介なもので、充分実戦で力を発揮するところが恐ろしい。
「時間がない。これ以上話しても埒があかないな」
グキ、と音をたててマーカーに掴まれた手首の骨が悲鳴をあげる。圧し折れるギリギリのところで力の加減を留めているのだろう、その余裕が憎らしくもあり、生来の負けず嫌いな性格をひどく突き動かされる。
痺れたようにじくじくと鼓動を伝える腕の痛みに歯を食いしばりながら、息が触れるほどの距離に詰められたマーカーの顔にニヤリと微笑んでみせた。
「やってみろよ」
挑むように低く耳元に囁きを落とす。
「・・・・ッ、貴様、本物の馬鹿だな」
苛立ちを隠すこともせず、射殺すような瞳で睨みつけてくる彼に眩暈すら感じる。
そこで初めて、自らの体調の異変に気がついた。
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