precious(5)


 冷え切った頬に痛みを感じるほどに伝わる熱気に、堂々巡りになりかけた思考を振り払って目の前の現実、マーカーが掲げた手の先でくゆる炎に全神経を集中させる。
「おいおい、冗談だろ・・・」
 邪魔をするものは同僚だろうが消し炭にかえてやる、と言わんばかりに掌の上で激しく燃え上がった炎に冷や汗が額を伝った。
 自分とマーカーの力量は互いの特殊能力のみで比べればほぼ同じぐらいだろう。
 本気でぶつかれば、十中八九無傷では済まない。
 それならばいっそ、と気を篭め続けていた気流の壁を、腕を振り払い一瞬のうちに四散させて完全な無防備の状態に戻し、両手を掲げ降伏を示した。
 これは彼相手には非常に危険な賭けだったが、どうやら狙い通りに事は運んでいるらしい。
 眉を顰め、訝しげにこちらを伺うマーカーの掌に纏わりついていた物騒な炎がだんだんとおさまり小さな灯火程度になってから完全に消滅する。
 沈黙を保ったまま、こちらの出方を伺う彼にゆっくりと口を開いた。

「何で、殺す必要があるんだ?」
 自分でも驚くほど穏やかな低い声が静寂を揺らす。
「何故、生かす必要がある」
 凛とした口調できっぱりと言い返され、反対に己の中でもはっきり答えを出すことが出来なかった部分をピンポイントに突かれ情けなく口篭る羽目になった。
「そりゃよぉ、こんなちっちぇぇガキ一人今更殺っても何もかわんねーだろ」
「馬鹿が」
 あっさりと切り捨てられ、マーカーの視線が己の後ろで硬直したままの少年に落とされる。
「貴様に優しさとやらがあるのならば、そこをどけ」
 苦しませるつもりはない、一瞬だと再度手を掲げるマーカーの腕を慌てて掴み、捻りあげた。
「だから、オマエ人の話は最後まで聞けって」
 握り締めた腕が焼けるように熱い。このまま掴み続けていれば間違いなく皮膚が醜く爛れることになるのだろうな、と背筋に冷たいものが伝う。
 しかし腕力ならば彼よりも確実に自分の方が上だ。
 力を緩めなければこのまま暫く拘束することは可能な筈だ。

「こんな場所に独り残されて、どうなるというんだ」
 2,3日手が使えなくなる火傷を半ば覚悟して握った掌に力を籠めると、不意に力無い呟きがマーカーの唇から紡がれ、手を烙く高熱も嘘のように消えていった。
「絶望と孤独に狂わされる前に、送ってやる。・・・何故邪魔をするのだ」



 真っ直ぐに見上げてくる漆黒の瞳の前に、かける言葉を失って立ち竦む。

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