precious(4)


距離にして約5メートル。
 鍛え上げられた互いの身体ならばほんの一瞬で距離を詰めゼロに出来る間合いで、相手の出方を伺いながら睨み合う。

 クソ、と足元に唾を吐き捨て、背後で立ち竦んでいる少年を庇うように勢い良く両腕を開いた。
 無造作に伸ばした髪がフワリと浮き上がり、大型の鳥の翼のように、大きく虚空に伸ばされた両腕の狭間で静かに気流が渦巻き始める。
 目の前で遠慮無く殺気を放っている同僚と違い、こちらは彼に危害を加える意思は当然初めから持っていない。
 この気流の壁を作ったことも、当然最初から防戦一方の意思しか無いことを相手に伝える為に他ならない。
 彼がそれを気づかない程の馬鹿ではないことぐらい、長い付き合いでよく分かっている。


 依然としてきつい眼光で真っ直ぐに睨みつけてくるマーカーに、成る丈彼をこれ以上刺激しないように、何時もの自分らしくウィンクを投げかけて軽口を叩いてみせた。
「嵐がこないうちに落ち着けよ。オマエだって俺と本気でやりあったらどうなるか位、分かんだろ」
 煽らないように、と自分なりに細心の注意を払って紡いだ言葉にマーカーの瞳がスゥッと楽しげに細められる。
「ほう、その子供が何者なのかは知らないが、私の首を飛ばしてまで守りたいというのか。面白い」
 冗談じゃねえ、面白くねえ。と唇の端をひくつかせ、腕の間で渦巻く気流の盾に気を篭めなおす。


 戦場で、沢山の兵士を一瞬で切り裂き肉片に変える鎌鼬の洗礼を幾ら何でも冗談で仲間にかます程自分は危険人物ではない。
 ・・・・目の前で仁王立ちになっている誰かさんとは違って。
 それに引き換え、冗談が全く通じない頭の固い中国人は要注意だ。
 容赦無く、敵味方区別なしに(流石に直接の収入源である上司のみは区別する対象に入っているらしいが)己に仇なす者と判断すれば躊躇いなしに奥義をぶつけてくる。
 自分など軽い悪戯の代償に何度あの世を垣間見る大火傷をさせられたことか。


 それが自分一人だけならまだ良いが、今回は背後に成り行きとはいえ守るべきものが居る。
 しかも、マーカーにもあきらかにこの小さな弱い命の灯火を吹き消そうとする殺意が在る。
 何故危険を背負ってまで見知らぬ子供を守ろうというのか。自分自身でも理解し難い感情に首を傾げつつ、それでもどこか心の底にひっかかる何かを見過ごせないまま、背に伝わる生きる者の温もりに小さく笑みが零れた。
 瓦礫の山と化した哀れな街に、神様が最後に残した希望、という陳腐な言葉が頭に浮かびそれは本末転倒だと自嘲に口端を吊り上げる、
 その瓦礫の山を築いたのは一体誰だ?

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