Strawberry Milk Candy(2)


「ボーヤ」
 急に低い声で呼びかけられ、背筋をビクンと震わせてしまった。
 その醜態に頬を染め、気を取り直そうと必死な自分にはお構いなしにマーカーの細い指がガシッと顔の両脇に添えられる。
 両手で顔を挟みこまれるように固定されてしまい、首を振ることすら許されない状態に頭の中から疑問符が溢れかえりそうだ。
 一体、これは何のつもりなのだろうか。
「あ…あの、マーカー?」
「…貴様、不眠症か?」
 たずねる声と、ほぼ同時に呟かれた抑揚のない問いかけ。
 どうやら彼が気になっていたのは、己の目の下に黒々と走った隈の痕だということを漸く悟り、そして少しばかり意外なそれにパチパチと瞬きを繰り返した。
 親兄弟ですら容赦なく切り捨てそうなこの男が他人の心配をするとは。
 反射的にコクコクと首を縦に振り、肯定を示した己に更に畳み掛けるその表情は、相も変わらず人形のような冷たい美貌に感情の色ひとつ浮かべてはいない。
「原因は隊長か」
 直接正解を言い当てられ驚きに瞳を見開いた己の顔に、彼はつまらなさそうにフン、と鼻で哂う。
 何故知っているのか、は愚問なのかもしれない。
「隊長は新しく手に入れた玩具に随分と御執心のようだからな…しかし、壊してしまってはもともこもない」
 私にはその方が都合がいいのだが、と小さく続けられた言葉は聞こえないふりをした方がよさそうだ。
 隊員の誰よりも獅子舞に心酔しているこの男に、何の腹癒せか軍靴に画鋲を仕込まれたことも一度や二度ではないのだ。
 ずっしりと重く足を差し入れる隙間もない程画鋲を詰め込まれた自分の軍靴を見ればマーカーに疎まれていることぐらい馬鹿でも理解できる。
 今度は一体、何の嫌味を言われるのだろうか…と、只でさえ憂鬱な己に駄目押しで降りかかった災難に情けなく眉を下げて口唇を噛みしめた。


「仕方ないな…」
 今にも泣きそうな顔で口唇を噛む己を暫く涼しげな顔で見詰めた後、マーカーはソファに腰掛けたままの己にスッと白い掌を差し出し、立て、と視線で命じた。
 何をされるのか、背筋を震わせながらそれでも逆らう勇気も持てず、恐る恐る差し出された手をとった自分に彼は薄く笑みを浮かべ、グッと力を篭めてソファから引き摺り下ろされた。
「今回だけは貴様に恩を売っておこう」
 笑みを浮かべたままのマーカーに手を引かれ、部屋を出るように促された。
「今夜は私の部屋で休め。隊長も、貴様が私と共にいるとは思わないだろう」
 それはそれでまた別の恐ろしさを感じるのだが…しかしながらそれを折角一生に一度あるかないかの親切心を垣間見せてくれたマーカーに告げる勇気はない。
 連行される罪人のように肩を落とし、背を押されるまま同僚の部屋へと冷たい廊下を連れ添って歩いた。


「…んでも、今日はゆっくり眠れるってことかぁ…ありがとな、マーカー。お前って実は優しかったりするの?」
 暫く歩を進めればやはり限界をとうに超して溜まっていた疲労と、睡魔が全身を襲う感覚にフウ、と安堵の溜息を吐き出した。
 確かに中国人は恐ろしいが、一晩中隊長に玩具にされるよりはゆっくりと身体を休めることが出来る筈だ。多少の居心地の悪さは我慢せねば罰が当たる、と先に立って歩くマーカーの背に視線を移し
はじめて彼が自分に向けてくれた不器用な優しさに、心の中で感謝の言葉をもう一度呟いた。


「…・ついたぞ、鍵は開けておくから勝手に中で休んでいろ。私は明日の作戦の事でGに少しばかり用があるからな、先に寝ても構わん」
 汚すなよ、と釘をさしてから己に背を向け薄暗い廊下を一人歩いていくマーカーの姿を、重い目蓋と戦いながらでは視界に収めることも中々困難である。
 ファアア、と大欠伸をしながら彼には申し訳ないが、言葉に甘えて先に寝かせて貰おうと不思議な香の匂いが心地よい、小奇麗に片付けられた彼の部屋に足を踏み入れた。
 久方振りの心地よい眠りを堪能することが出来る、幸福感に包まれながら。

- 94 -


[*前] | [次#]
ページ:




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -