PRIZE(4)


「ひぇー、マーカーちゃんやっぱ、いっつも部屋綺麗にしてんねぇ、つか、物が何もねぇっていうか…」
 基本的に東洋人である自分を除いた残りの面子は他人のプライバシーに踏み入ることに遠慮というものは無いらしい。
 家人が案内するまでは客はおとなしく与えられたスペースに座って待つもの、という東洋での常識は彼等に通用するものではないらしく、家に招こうものなら寝室や浴室まで興味津々に堂々と覗き見る類の人種は正直苦手であり、目の前のイタリア人も例に漏れず飾り気の無い部屋を隅から隅まで見渡す蛮行に勤しんでいる。
「俺の部屋なんか床、地雷原よ。…・あ、やっぱエロ本隠してたりとかはしないわけね、感心感心」
 ぺらりと寝台に敷いたシーツまで捲り上げる傍若無人さにいい加減呆れ、用件は何だと簡潔に詰問した。
「マーカーちゃんと、一緒にいたいだけ」
「嘘を吐くな」
 向けられた満面の笑顔に反吐が出そうだ。嘘を巧妙に包み隠す人あたりの良い笑顔は、一体何処で身につけたものかは知らないが始末が悪い。ころころとよく変わる表情の陰に隠れた、奴の本当の顔を知ることは存外に難しい、それを知っているからこそこうして上辺だけの笑顔で誤魔化そうとする男に苛立ち、焦れるのだ。
「まーた怒る。そんなに嫌?お前の為に俺が死ぬって事」
 本気で思っていないことを口にするな。
 口先三寸の嘘に騙される程、世間知らずな自分ではない。
「ゾクゾクするよ、お前の為に死ぬ自分を想像するとさ。ま、やったらお前のアレと一緒で俺の身体もぐちゃぐちゃのスプラッタになっちゃうけどね」
 高揚した口調で続ける馬鹿に、フンと鼻で笑った。
 馬鹿げている、その浅はかな目論見は己には何の意味も為さない。
「私の為に死ぬような馬鹿の存在などすぐに忘れ去るぞ」
 相手の心に焼け付く為に自己犠牲を選ぶ者など愚かなだけだ、そんなものは心を縛る鎖はおろか蜘蛛糸にすらなれないことが何故分からない。
 目の前から肉体が消え去ってしまえばあとは霞んだ残像など、譬えどんなに縋り付いていたくとも無常な風に流され薄れ行くだけだろう。
「そう?残念」
 曖昧な笑みを浮かべたままの男が寝台から緩慢に立ち上がりこちらに一歩踏み出し、距離を縮められて気がつけば両腕の中に捕らえられる身体。
 抵抗することすら面倒に思え、触れた場所から伝わる体温に身を任せる。



「それなら、俺が馬鹿なこと考えないようにつかまえててよ」
 はぐれないように、迷わないように。お前のものだ、って思わせておいてよ。
 聞き分けの無い子供のように、しかし穏やかな口調で紡がれる言葉は随分と自分勝手なものではないだろうか。
「マーカーちゃんのものにしてくれるんなら、勝手に死んで寂しい思いをさせたりはしないよ」
「なっ…!誰がいつ寂しいなどと…」
 一体どういう目出度い思考回路なのだろうか、全てを自分自身に都合よく解釈出来る脳を持っている男に何を言っても無駄なのかもしれないが、それでも腹の虫が治まらず抱き寄せられた姿勢のまま下方から顎に手加減抜きの掌打を喰らわせてやった。
「ぶっ…!」
「もういい、勝手に死ね。貴様など早々に死…ッ」
 早口に捲し立てる口唇を、間髪置かずに頭一つ分高い位置から降ってきたそれに塞がれ、言葉を続けることが出来なくなる。
 逃げようと顔を背ければ後頭部に廻された腕が阻み、腰を抱いた腕のせいで後ずさることも困難な現状。
 思考が濁り、口内を好き勝手に蹂躙する舌に噛みついてやることも出来ずに只悔しげに身を捩った。
 口唇から注ぎ込まれ身体に篭る熱のせいで翳む視界に映るものは碧と、金の残像に支配され…その鮮やかな色に眩暈がしそうだ。
 気がついた時には既に背は寝台に押し付けられ、眼前にはニヤニヤと癪に障る笑顔をはりつけたままのイタリア人、その向こうには天井…という最悪の体勢に舌打ちを落とす。

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