PRIZE(2)


「隊長ぉ〜、マーカーちゃんがカルシウム足りてねぇからすぐ怒るんですよ」
「なっ…・貴様が下らないことを聞くからだろうが」
「だって気になるじゃん、気になったら確かめたくなるじゃん」
 もうこうなれば駄々を捏ねる幼子と何の変わりもない馬鹿を押しやり、これ以上余計なことを吐かれないうちにと同僚の口を手で塞ぎながら疲弊しきった顔で上司に事の顛末を報告する。
「この馬鹿が私に極炎舞を使う事が出来るか、と問うたのでそれに答えたまでです」
「ほぅ」
 口を塞がれ、脚をばたつかせながらモガモガと暴れる馬鹿を押さえつけたまま簡潔に述べればこちらを見下ろす蒼い瞳がますます楽しげに細められる。
 魔物に巣食われたその瞳は力を持たぬ者にとって畏怖と羨望を同時に齎すもの。己の内面を透かし窺うような視線にこちらも薄く口唇に乗せた笑みで応え、相も変わらず溺れた魚のようにもがいている男の頭を漸く解放してやった。


「…・っ、ハーーッ!ハーーーッ、酷いっつのマーカー、俺呼吸困難で死んじゃうよ!天国見えかけたよ!」
 手をはなしてやった途端に喚き散らす騒々しさにやはりあのまま落として放り出した方が良かったか、と眉間の皺を押さえながら深い溜息をついた。
 そんなやり取りを横目でみながら隊長が、空いたソファに腰を下ろす。
 彼の為に場所を空け、端に寄った己に無遠慮に向けられる、主の何かを含んだような笑みに居心地の悪さを感じるのは被害妄想なのだろうか。
「…・何か、私に御用でも」
「いんや、俺も初耳だったからよォ。オメー自身が爆弾だったなんてことはよ」
「そうそう、マーカーちゃんもおっかないね〜、死んだら花実が咲かないでしょうに」
 すぐ傍らと、正面からと。
 二人揃ってまるで物珍しい兵器を見るような目で、ジロジロ見られる不快感に顔を歪めた。
 相手がイタリア人だけならば焼き払ってやるところだが如何せん今は隊長も一緒だ。今炎を放てば彼にまで火傷を負わしてしまいかねない、と諦め彼等の興味が早々に失せることを祈りながら白い雲しか見えない、窓の外に視線を泳がせた。
「お弟子ちゃんであんだけの力があったんだから、マーカーちゃんがやったらスッゲェんだろうなぁ。向こう100年ぐらい草木生えないとか……」
「おいおいロッド、そりゃ言い過ぎだろうが。ま、オメーの故郷のボロ長靴ぐらいは余裕で沈むだろうがな」
「ひでぇっすよ、隊長ンとここそちっちゃい島国のくせに」
 一体人の事を何だと思っているのだ、と目の前で騒ぎ立てる二人を冷めた瞳で見つめ肩を竦める。

 自らの身体を触媒として、夥しい量の炎を生み出し一瞬にして辺り一面を焦土に変える…弟子が見せたあの技も本来ならばあの程度の威力で済むものではないのだ。
譬え不肖の弟子の力でも己達共々生ける者全てを消し去ることなど容易に出来ただろうに。
 無意識であったとしても心に潜んだ躊躇いは技の威力を鈍らせる。
 守りたい者とやらの為に力を揮ったあの馬鹿弟子は、己の身体が灼けるあの業火の中で一体何を思い何を見ていたのだろうか。
 幾ら考えようとも答えの出る筈の無いそれに、訳も無く苛立ちが募る。
 頬に刻まれた、醜く引き攣る火傷の痕を白い指先でなぞりながら思案に暮れる己を現実に引き戻したのはまたしてもイタリア人の能天気な一言だった。
「でもぉ、俺だったらやっぱマーカーちゃんの為にしか使いたくないしぃ」
 顔を上げた先に在るのはやはり先程と同じ姿勢のまま、斜め45度上の虚空を見つめながらブツブツと独り言じみた言葉を紡ぐ同僚の姿。
 気が漫ろだったとはいえ、受け止めた言葉が空耳ではなかったことは己よりも先に問い返した主が証明してくれた。
「何だ、オメーも似たような芸当が出来んのか?おんもしれえ、ちっとやってみせろよ、オラ」
「嫌っすよ、やったら俺死んじゃいますって。」
 やれ、やだ、の応酬を繰り返す二人を二の句が続けられず見つめる自分の傍ら、淹れたてのコーヒーを片手に持ったもう一人の同僚が腰掛ける。
孤独を楽しむ術を知っているこの男のこと、大方自室で一人静かに過ごしていたところを喧騒に呼び寄せられたといったところだろう。
 酒も未だ入らぬ時間帯なのに、大騒ぎをしては腹を抱えて笑う二人をきょとんとした瞳で窺い、何事だ?と視線だけで訊ねてくるGに満足な答えを返すことも難しく思える。


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