PRIZE(1)



 真面目な話を切り出すタイミングを計るということは案外難しいものらしい。
 もっとも、漸く口を開いたかと思えば紡ぐ話題の全てがジョークや悪ふざけの類とは無縁の場所に在るGや、どんなに必死で真面目な抗議を提唱したところで五月蝿いと隊長に顔面パンチ一発で沈められてしまっていた、今はもうこの場にいないディズニーボーヤは別問題として。


 目の前のソファの上、膝を抱え大きな身体を比較的小さく纏めて座っていた同僚のイタリア人が不意打ちで呟いた思い掛けない一言に、暇潰しの相手として選んだペーパーバックから思わず面をあげマーカーは訝しげに眉を顰めてみせた。
「何?…今、貴様何と言った」
 読んでいた、というよりも活字の羅列をただ目で追っていただけと表現する方が相応しいのかもしれない。
 名も知らぬ映画俳優が表紙を飾るそれは残念ながら熟読を誘う程の魅力は持ち合わせていなかった代物だが、それでもイタリア人の世迷言に付き合うような不毛な行為に時間を浪費するよりは、つまらぬ本でも眺めていた方が有意義だと思い選んだものだった。
 主に待機を命じられ、それぞれが暇を持て余しながらも思い思いの方法で束の間の休息を楽しむ飛行艇の中、珍しく大騒ぎすることもなく、ソファに腰を下ろし何か言いたげに己をじっと見つめたままの不気味な同僚の視線を遣り過ごす為のアイテムとしてはこれでも大いに役に立ってくれたものだ。
 それなのに、彼の呟きに迂闊にも顔をあげて反応を返してしまった自分自身に、心の中舌打ちを落とした。
  取り立てて彼に読書の妨害をされたわけでもなく、ただ本の内容よりもこの男の呟きの方に強く興味を惹かれてしまった、そのことが妙に腹立たしく思え、ロッドに向ける視線が知らず知らずのうちに険しいものになってしまっていたらしい。
 縒れた紙をペラペラと捲っていた細い指を栞代わりに隙間に差し入れ、なにやら神妙な顔をしてこちらを見ている同僚に、言葉を続けるよう無言の圧力をかけた。
「怒んないでよ、マーカーちゃん、出来ないんなら出来ないって普通に言ってくれりゃいいから…」
 怒ってなどいない、と語気を荒立てて主張すれば、矢張り怒ってるじゃんと奴は叱られた子供のように不貞腐れてみせる。
 …どうしてこう、己の気に障るようなことばかりしてみせるのだろうか。この馬鹿は。
 もしやわざとやっているのでは、と嘗て疑いを抱いたこともあったが、この馬鹿の馬鹿げた行動は全て馬鹿な人生を歩んできたゆえのことであって、どうやら悪気があってのことではない、ということを理解した今でもやはり言葉を交える度に心労を覚える事は紛れも無い、そして耐え難い事実だ。
 本の隙間に差し入れたままの指先が苛立たしさに煽られるように、ひとりでに焔を生み出しかけるのを理性で抑制し、だらしなく、まるで幼児のような姿勢でソファに座る同僚に一層冷たい視線を注いでやった。


「出来るに決まっているだろう、貴様、アレに一体誰があの技を教えたと思っているのだ」
 硝子で作られたテーブルの上バサリと音を立ててペーパーバックを放り投げ、ページがぐしゃぐしゃと折れ曲がる様子を一瞥して鼻で笑う。
「私は部屋に戻る、貴様の話し相手を務めるのは御免だ」
 奇妙なオブジェのように歪んだそれからプイと視線を外し、もうくだらない話はお仕舞いだというように軽く背伸びをして自室に戻るため腰をあげた。
 そして、中腰の体勢をとったと同時に両肩にかかる、重力と同じ方向へのベクトルを示す強い力。
「…?!」
 不覚にも気配を感じ取ることが出来なかったそれに両肩を掴まれペタン、ともう一度自分が座っていた場所に尻を押し戻されてしまった。
 慌てて首を捻りソファの背凭れの後ろに立つ長身の男を見上げれば、其処には蒼の魔物を飼い慣らした瞳を細め、咥え煙草を楽しげに揺らしながらニィ、と笑って見せる主の姿。
「何だオメーら、さっきからこっそり聞いてりゃ「アレ」だの「あの」だの。ちったぁ俺にも分かるような会話しろや」
「隊長…・ッ」
 いつのまに部屋に入ってきたのか、その気配すら察することが出来なかった自分の失態を恥じるように瞳を伏せ己が隊長と仰ぐ男に軽い一礼をおくった。
 ニヤニヤと楽しげに、興味を惹く玩具を見比べるように己と、ロッドの顔とを代わる代わる窺う彼からこのまま逃れる術はどうやら無さそうだ。
 ハァ、と浅い溜息をつき、先程のやりとりをまるで報告書を読み上げるような硬い口調で主に説明しようと口唇を開きかけた途端、すぐ傍からロッドの不満を露にした声に続く言葉を遮られてしまった。

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